◎はじめに―読者のみなさんへ
ぼくがこの本を書いたのにはわけがあります。
物理は面白い!
ズバリこのことを読者のみなさんにわかってもらいたかったからです。
物理はとても面白くて魅力的で、世界のあらゆることを記述しており、実は身の回りの様々なところでも、その考えや法則は関係しています。
とくに今回本書では最先端の物理というより、かなり基礎・基本の、誰もが学校で学んできた中学校や高校初級の理科の中の物理を素材として取り上げるようにしました。
学校の物理に興味を持てない人が多いのは、その内容が抽象的で実感がわきにくい、わかったという気持ちにならない、生活や人生に無関係で学校から出れば不要な知識だ、などたくさんの理由があるでしょう。
ぼくは、小学校・中学校・高校初級の理科教育を専門にしています。もともと中学校・高等学校の理科教師でした。理科教師をしているときのモットーが、「家族の食事のときにその日の授業の話題で盛り上がるような授業をしよう」でした。理科の授業を通して、知って得をした、知って感動をした、知って心がゆたかになった、考えてわくわくした…というような気持ちを持てるといいなと思っていました。
本書は、そんなぼくのとっておきの内容を文章化しました。
物理に限らず、自然科学は、自然の不思議いっぱい、ドラマいっぱいの世界を少しずつ解明してきました。自然の世界の扉を少しずつ開いています。まだまだわからないこともたくさんありますが、わかってきたこともたくさんあります。理科教育の専門家として、そのわかってきていることのうちの、さらに基礎・基本の中からテーマを取り上げて、「ほら、もう一歩、こんなことまで考えれば面白いでしょ!?」といいたいのです。
本書を読んで、「この場合はどうなのだろう?」「あの場合はどうなのだろう?」などと新しい疑問がわいてきたとしたら、本書の試みは成功かもしれません。
例えば、「北極と南極を貫通する穴をあけてボールを落とすとどうなる?」の章ですが、ロンドン−ニューヨークの間に真空チューブ列車を走らせる話(構想)で終えています。結局、空気の抵抗や摩擦無しなら理論上重力だけで列車を走らせることが可能です。それなら真空チューブ列車は実際にトライされたのだろうか、あるいは、ずっと短距離なら、列車を高いところへ引き上げてジェットコースターのように走らせれば、モーターやエンジンのような大がかりな駆動装置不要で、ほんの少しのエネルギー付加ですむ交通システムがつくれるかもしれないと思いついたとしたらしめたものです。
感動する理科、心をゆたかにする理科を目指して、さらに研究していきたいと思っています。
◎おわりに
大好きな科学者にファラデーがいます。
ファラデーは、物理学でも化学でも歴史に残る研究成果をあげたすぐれた科学者でした。いま、電灯や蛍光灯などの灯りがあって暗くなっても生活できるのは電気のおかげですが、発電所の原理−電磁誘導を発見したのはファラデーです。数学が苦手だった彼は、すぐれた直観力と実験で事物や現象の中に潜んでいる法則を見抜いたのです。
彼は、貧しい鍛冶屋の息子で、小学校を卒業した後、12歳のとき、本屋と製本屋を兼ねた店に製本工として入りました。そこで、製本の腕を磨きながら製本工程に入ってくる本を読みあさりました。とくに、彼の興味をひいたのは、自然科学の本でした。小遣いで実験材料や器具を買い、本を参考にいろいろな実験をやりました。
そんな彼が王立研究所の研究者になり、毎年クリスマスには、実験をふくめた科学の講演会を開きました。なかでも有名なのは、1861年に行った6回の連続講演です。それが『ロウソクの科学』という本にまとめられています。百数十年も前に、ロウソクの火と燃焼について、今でも色あせないほどの科学的な探検をしているのです。
ぼくは初めてロンドンを訪れたとき、その会場や彼の実験室を見学しました。当時、そこでは、彼の静かな語りと、話とかみ合った実験の演示、スムースな論理の展開、それらに集中して納得と驚きの声をあげる聴衆の姿があったことでしょう。
学校で学ぶ理科の内容をどうするか、学び方・授業の方法をどうするかを専門として研究を続けてきたので、「理科は面白くない!」という声を聞くととても悲しくなります。確かに、無味乾燥でつまらない内容を覚えるだけの理科なら面白くないでしょう。だから、ファラデーの好奇心に満ちた科学の探検を少しでも意識しながら、本書を書き進めることができればと思いました。
最先端の科学ではなくて、科学の基本にあたる内容でも、なかなか面白いものなのだということを少しでも示すことができたら幸いです。
◎以上は、左巻 健男 (著)『面白くて眠れなくなる物理』の「はじめに」と「おわりに」の一次原稿です。
本では一部変更されていますが、最初にわーっと書いたものを入れておきます。
¥ 1,365 208ページ
出版社: PHP研究所 (2012/2/18)
発売日: 2012/2/18