左巻健男&理科の探検’s blog

左巻健男(さまきたけお)&理科の探検(RikaTan)誌

「原発は多重防護で安全、安心」安全神話について

 「安全神話」の存在は、内閣府原子力安全委員会も認めています。
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 2000年の原子力安全白書:平成11年9月30日のJCO事故の発生後、「原子力は絶対に安全」という過信に依存した原子力関係者の姿勢が事故の背景にあったとの指摘(いわゆる「安全神話」批判)がなされた。
 多くの原子力関係者が「原子力は絶対に安全」などという考えを実際には有していないにもかかわらず、こうした誤った「安全神話」がなぜ作られたのだろうか。
 その理由としては以下のような要因が考えられる。
・外の分野に比べて高い安全性を求める設計への過剰な信頼
・長期間にわたり人命に関わる事故が発生しなかった安全の実績に対する過信
・過去の事故経験の風化
原子力施設立地促進のためのPA(パブリック・アクセプタンス=公衆による受容)活動のわかりやすさの追求
・絶対的安全への願望
 こうした事情を背景として、いつしか原子力安全が日常の努力の結果として確保されるという単純ではあるが重大な事実が忘れられ、「原子力は安全なものである」というPAのための広報活動に使われるキャッチフレーズだけが人々に認識されていったのではないか。
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 ここでのポイントは、「多くの原子力関係者が『原子力は絶対に安全』などという考えを実際には有していない」ということです。きっとまだまだ未熟な技術で、事故は大いにあり得る、と考えていたことでしょう。国際的には(国内的にも?)過酷事故の具体的な想定はしていました。今回の「冷却材喪失事故」も想定されていました。
 しかし、「原子力は安全、安心」という広報だけがなされました。
 政府や電力業界が莫大なお金をかけて国民に向けて、原発立地へ向けて広報活動をするときにわかりやすく「安心、安全」を強調し過ぎた結果の安全神話ということなのでしょう。


 国会での原子力関係のやり取りでは、政府や原子力安全委員会などは既存原発への「設計への過剰な信頼」「安全への実績に対する過信」を持っていたと思えます。
 マスメディアも、多額の金を落とす広報予算に群がり、安全神話を広めました。
 東京新聞7日のコラムは「マスメディアとして。原発の『安全神話』をつくることに加担した責任を自らの手で問い直さなくてはならない」と反省しています。


 教育でいえば、原子力教育、放射線教育、エネルギー環境教育などの名目で多額のお金を出して、原発の推進をしてきました。学習指導要領中学理科編に放射線の内容を入れるようにしました。そこには危険の“き”の字もなく、放射線アレルギーをなくすための内容です。(当然、教科書は放射線の害も述べていますが「悪い影響を与える場合がある」程度の記述です。


 10年余前のこのとき、本当の反省がなされていればと思うばかりです。
 JCO事故はすぐに風化し、その後今まで安全神話がまかり通ってきたと思います。