左巻健男&理科の探検’s blog

左巻健男(さまきたけお)&理科の探検(RikaTan)誌

左巻健男「理科好きの子どもを育てる−魅力ある理科教育のための提言」

ここのところ毎日、本の執筆などに追われています。
日本教育会発行の『日本教育』誌2012年12月号に書いたものがあったのでアップしておきます。
なお、本文出でてくる理科の探検(RikaTan)誌については、
◎確実・格安◎理科の探検(RikaTan)誌、SAMA企画直送定期購読案内
http://d.hatena.ne.jp/samakita/20140226


理科好きの子どもを育てる−魅力ある理科教育のための提言


 左巻 健男 法政大学生命科学部環境応用化学科教授


■はじめに


 私は、もともとは中学校・高等学校の理科教諭だった。その土台の上に、理科教育、科
リテラシーの育成、科学コミュニケーションを専門にしている。
 現代の変動の激しい高度知識社会で必要とされる知識は、理科の関係では、科学リテラ
シーといわれる。リテラシーというのは、もともと「言語の読み書き能力」だったが、基
礎的な科学知識の重要になった現代にあって誰もが身につけてほしい科学を読み解く能力
として科学リテラシーが登場した。一言で科学リテラシーは、一人前の大人が誰しもがも
つべき科学の常識といえるだろう。


 私は、現代では、「読み・書き・そろばん」だけでは不足だと考えて、「読み・書き・
そろばん・サイエンス」を主張している。
 自然についての科学は、素粒子の世界から宇宙の世界までの秘密を探究し、世界がどう
なっているか(自然像)を明らかにしつつある。それらの知識体系は、重要な人類の文化
の1つであり、理科教育の学習内容になっている。


■「ゆとり」教育から理科教育充実の時代へ


 わが国の教育課程は、約30年前から「ゆとり」教育へと転回していた。「ゆとり」教育
は、「生きる力」やそれを支える「新しい学力観」(自ら学ぶ意欲や、思考力、判断力、
表現力などを学力の基本とする学力観)を育てることをねらいにした。そのねらいは総論
として間違っていなかったが、個別的には、とくに小・中学校理科では難しい内容を削減
し、学習量を減らし、減らした内容は高等学校へと回しただけだったという問題をもって
いた。その教育課程については、さまざまな方面から批判が相次いだ。理科の場合、各方
面から「ゆとり」教育などやっている余裕はなく、国際的にも通用する理科教育として充
実させることが必要だという意見が相次いだ。


 ついに、小学校・中学校の新学習指導要領が2008年3月に告示されて、授業時間数の増
加、教育内容の増加がはかられた。とくに中学校理科は、教科の中でもっとも授業時間数
が増やされた。こうして、現在の理科の教育課程は、「ゆとり」教育課程から「理科教育
充実」教育課程へと大きく変わったのである。
 小学校は既に1年8カ月前から新教科書で学んできた。中学校は、新教科書で学び始めて
8カ月がたった。


文部科学省全国学力調査の結果からみえるわが国の子どもの姿


 小6と中3を対象に4月に実施した全国学力調査には、初めて理科が加わった。その結果
が8月に公表された。私は、朝日新聞、読売新聞、産経新聞日本経済新聞などからその
結果についてコメントを求められた。


 選択式の問題の正答率は、ある程度高いが、短答式や記述を求める問題、計算問題は正
答率が低かった。
 児童生徒質問紙の結果では、小学校、中学校共に、国語、算数・数学と比べて「理科の
勉強は好き」という割合が多い。しかし、「大切と思う」「学習したことは、将来、役に
立つと思う」は、国語、算数・数学と比べてずっと低くなっている。理科は「好き」だし
、「よくわかる」と思うのに、「大切」「役に立つ」ががくんと減るのは、学校の理科教
育が、本当の知的関心・興味に応えていない、生活等身の回りの事物や現象との関連づけ
が弱いからではないかと思える。これまでも国際的な理科の調査でも、わが国の子どもは
、サイエンスやそれに関するキャリアなどに興味・関心が弱いという結果が出ていたが、
文部科学省全国学力調査も同様な結果だった。


 では、どんな子どもが理科の正答率が高かっただろうか。
 自然の中で遊び、科学や自然の疑問を質問したり調べたりする、学習したことを生活の
中で活用しようとする、授業で自分の考えや考察をまわりに説明したり発表したりする子
どもの正答率が高かった。


 教員は、子どもたちを、そのようなアクティブな学び手に育てていく必要があろう。そ
のためにも授業に一層の工夫が求められるだろう。


 なお、わが国の子どもは、国際的な理科調査で、興味・関心が最低グループに位置する
のだが、順位を下げてきたとはいえ、知識面ではトップグループの一員である。その“な
れの果て”がわが国の大人である。子どものときに興味・関心が弱いので、学校から離れ
てもそのままで、サイエンスの知識は剥げ落ちていくばかりなので、わが国の大人は科学
リテラシーの調査では、先進国の中で最低グループになっていることに留意したい。


■観察や実験をしない都道府県の正答率は低い


 理科では観察・実験が重要だが、教員質問紙では「理科室で観察や実験をする授業」は
週1回以上が小学校で56.1%、中学校で55.5%だった。これは少ないと思う。少なくても
中学校では普通最低でも週1回は理科室で観察や実験をしているだろう。それなのにこの
ような結果になるのは観察や実験をあまりしない都道府県があるからだろう。
 例えば、理科の結果が小中学校ともに最下位グループだった大阪府では、観察や実験の
授業を週1回以上行う中学校は2割未満だった。ほとんどの授業を黒板とチョークと話の
みで進めれば、子どもたちは仮説をもとに観察、実験の計画を立てたり、結果を分析し解
釈したり、レポートも作成したりする経験を持たない。こうすれば理科についての情動的
な面も低いままだし、理科の学習が薄っぺらになるだろう。
 観察や実験をあまりしない都道府県は、地域ごとの理科教育の研究会の活動、教員の主
体的な研究活動も弱いのではないかと思える。


 教員は、理解と納得で、知的なおもしろさを実感できる学習を組まないと、抽象度など
難度が高い概念、法則の学習の中で学習内容の不消化の問題が浮かび上がってくることだ
ろう。しぼり込んだ本物の基礎・基本にゆっくりと時間をかけ、子どもたちが本当に理解
し納得し、それを身につけて、いろいろな事物や現象に活用できるようになっていくとき
に生まれるものだろう。


■「習得」「活用」「探究」の重視


理科教育でも、「習得」「活用」「探究」が重視されている。「習得」で終わって「活
用」がないなら、実は「習得」もされていない。知識の「習得」とは、「活用」があって
初めていえることである。そして、理科授業に「探究」的な側面がなければ、その授業は
理科授業といえない。「活用」にもいつも「探究」的な側面がある。


 今回の教育課程で、「活用」がうたい文句になったのは、以上のような当たり前の理科
教育がなされてこなかったからだろう。いや、これまでの教育課程でも、文字面の上では
重視していた。ところが、理科教育の内容として、自然を科学的にゆたかに捉えることが
できるような本当の基礎・基本の知識を軽視してきた。それが大きな原因で、「活用」で
きるような知識の「習得」が可能になる「探究」的な理科教育が難しかったのだと思われ
る。日常生活に役立たないという意識をもたれるのは、役立つという実感をあたえるよう
な「習得」「活用」「探究」が弱かったからだろう。


 本当の基礎・基本は、適用範囲が広いゆえに「わかる」ということが、すなわち、子ど
もの視野を広げ、「知的喜び」と「感動」をもたらす。基礎・基本は、むやみにたくさん
あるわけではない。これらは、たとえば「物の重さ」では、「物は重さをもっている。重
さは保存される」、「生物の特徴」なら「「栄養をとる(つくる)、成長をする、呼吸を
する、子孫を残す」など」というように1行、2行で示せるようなものである。これらを
ゆたかな教材を通して、その場かぎりの認識ではなく、「活用」もしながら、理解と納得
の上に信念として獲得させることが重要である。


 理科授業では、本当の基礎・基本と共に、実物を持ち込んだり、予想や仮説をもって自
然に問いかける観察・実験を行ってその結果から予想や仮説を吟味することも大いに行い
たい。実験・観察・ものづくりをやりながら未知なる自然を探究する、たのしくわかる理
科の授業が求められている。


■教員、指導者は自ら理科の面白さの実感を


 教員や指導者が不思議な事実・現象に感動する心をもっているならば、そして子どもた
ちにたのしくわかる実験をぶつけてやると感動するということを実感しているならば、ち
ょっと面倒でも実験をやってみたくなると思う。


 大事なことは教員や指導者も子どもと一緒になって“不思議なこと”に興味をもつこと
だ。好奇心はサイエンスのはじめの一歩。「なぜ?」「どうして?」といった目を向けて
実験をしてみると、理科はぐっと身近なものになる。
 「○○は△△である」という単純な理屈でわかったつもりになっていることでも、実際
に実験をやってみると、「○○は△△ある」という知識は、いくつかの事実が関連してで
きあがっていることがわかってくる。その事実を身をもって知ることが大切であると思う
。実験で「すごい!」「不思議だな!」と感じる力は、自然のなかでおもしろいものを見
つける力と同じく、人生で体験するいろんなことをおもしろがれる力になる。ぜひ教員や
指導者はわくわくする体験をしてほしい。理科が好きな子を育てる教員や指導者は、自ら
が理科のおもしろさを実感する経験がゆたかなのである。


 私は、全国の有志180人と、大人の理科好きのための雑誌『理科の探検(RikaTan)』
(季刊と別冊 発行元:SAMA企画 販売元:文理)の編集長として、編集・発行している。
基礎的な理科の知識をやさしく解説したり、実験やものづくりをたのしむ雑誌である。今
年出した『面白くて眠れなくなる物理』『面白くて眠れなくなる化学』『よくわかる元素
図鑑』(共にPHP研究所)も、私が考えている理科教育の研究の成果を盛り込んだ。理
科の教員と指導者には是非ご覧になっていただきたい。


■今後、教員の意識改革が伴う有効な研修や理科教育支援の体制が必要だ


 今回の文部科学省全国学力調査理科の結果結果を見るときには、4月実施ということで
、子どもたちがこれまでにどのような理科の教育課程のなかで学んできたのかにも注目し
ておく必要がある。いわゆる「ゆとり」教育課程から「理科教育充実」教育課程へと大き
く変わる過渡期だった。
 今後、覚えればすんでしまった薄い学習内容に慣れきってきた教師たちと子どもたちが
、「理科教育の充実」をうたう現行の教育課程のスピリットで指導や学習ができるるかど
うかが問われている。観察や実験をメインにしつつ、自然を科学的にゆたかに捉えうる「
科学の目」を育てるためには、質の高い教師研修、十分な観察や実験の支援体制無しには
厳しいだろう。今後、有効な政策がとられて、今回の結果がどの程度改善されるのかを見
守りたい。


一番避けたいのは、学校が学力調査の結果を上げようと技術的なことばかりを教え、理
科で最も大事な自然の摂理を学ばせることがおろそかになることである。自然をゆたかに
科学的に捉える理科教育を進めることが肝心なことであろう。