左巻健男&理科の探検’s blog

左巻健男(さまきたけお)&理科の探検(RikaTan)誌

左巻健男『暮らしのなかのニセ科学』平凡社新書のまえがきとあとがき

 左巻健男『暮らしのなかのニセ科学平凡社新書 2017年6月15日初版第1刷発行!
 その【読者のみなさんへ】(まえがき)と【あとがき】を紹介します。


 なお、目次(内容構成)は、次をご覧ください。


 6月に出る左巻健男『暮らしのなかのニセ科学平凡社新書の目次 
 http://d.hatena.ne.jp/samakita/20170508

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【読者のみなさんへ】(まえがき)

 自然についての科学、つまり自然科学は、素粒子の世界から宇宙の世界までの秘密を探究し、世界がどうなっているかという自然像を明らかにしつつあります。科学の知識体系は重要な人類の文化の一つであり、数ある思考法の中でももっとも論理性や実証性を持っています。科学でわかっていないことも膨大にありますが、わかってきたことも膨大にあり、科学の基盤は増え続けています。科学を学ぶことで私たちは、自然についての科学知識を身につけ、その活用をはかり、科学的な思考や判断の力、つまり「科学的リテラシー」を持つことができます。


 そういう科学に対して、ニセ科学疑似科学エセ科学とも言われます)が世の中にあふれています。ニセ科学は、「科学っぼい装いをしている」あるいは「科学のように見える」にもかかわらず、とても科学とは呼べないものを指しています。


 「科学はよくわからない、興味もあまりない、でも科学は大切だ」と思っている人が世の中にはたくさんいます。そういう人たちを、ニセ科学はつねに狙っています。科学的な根拠のないこセ科学がはびこっているのは、科学への信頼感を利用しているからです。科学と無関係で論理などが無茶苦茶でも、科学っぼい雰囲気がつくれれば、ニセ科学を信じてしまう人が大勢いるのです。すぐにオカルト的と見抜かれる説明よりも、科学っぽい装いをほどこし、科学用語をちりばめながらわかりやすい物語をつくり、ニセ科学へ誘っていきます。たとえば、ニセ科学の中には、物理学用語の「波動」ではない、いかがわしい「波動」の存在を述べたりするものが数多くあります。


 具体的にニセ科学にはどんなものがあるでしょうか。細かく見ていくといろいろありますが、いくつかを列挙してみましょう(一部を本書でも取り上げています)。挙げたもの以外にもさまざまなニセ科学があなたを狙っています。


がんが治る・ダイエットができると称するサプリメントや健康食品の多く、健康によいとされる水、ホメオパシー経皮毒デトックス血液サラサラ、着けると健康によいという製品、ゲーム脳、「人間の脳は全体の10%しか使っていない」「右脳人間・左脳人間が存在する」などの脳神話、『水からの伝言』、マイナスイオン、EM菌、ナノ銀除染、フリーエネルギー、血液型性格判断、「知性ある何か」 によって宇宙や生命が設計されたとするインテリジェント・デザイン説、アポロは月に行っていなかったというアポロ陰謀論、人口減少させるために何者かが有毒化学物質をまいているとするケムトレイル……

 ここにあげたのはニセ科学の有名どころですが、それでも、中には「そんなものは初めて聞いた」というものがあるかもしれません。


 さまざまなニセ科学の中でも、本書で取り上げるのは、とくに健康や医療に関するものに焦点をしぼりました。なぜならこれらのニセ科学は、場合によっては生命にかかわることもあるからです。通常の治療を否定して治る病気を悪化させて取り返しのつかないことになった、あるいは医学的根拠のない治療や商品で散財したという事例は、本書の第1章で詳しくご紹介します。


 さらに、学校教育や環境活動の中にニセ科学が忍び込んでいる事例もご紹介します。その代表的なものに、『水からの伝言』(第7章)や「EM菌」(第9章)があります。これらの悪質なところは、人々の善意を利用してニセ科学を普及させ、自分たちの金儲けに利用している点です。もちろん、理科教育の土台を掘り崩していることも大問題です。


 本書では、メディアや口コミなどを通して、暮らしのなかに忍び込んでくるニセ科学の具体例をご紹介していきます。なかには、えっ、これにも科学的根拠がなかったんだと驚かれるようなものもあるかもしれません。それだけ、日常にはニセ科学や科学的根拠のないものが浸透しているのです。
 本書を通じて、ニセ科学を見抜くセンスと科学リテラシーを少しでも身につけていただければ、これにまさる喜びはありません。


  2017年5月  左巻健男

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【あとがき】

 私は、もともとは中学校・高等学校の理科教諭でした。生徒と楽しくわかる理科の授業に悪戦苦闘し、現場からの理科教育の研究成果を発信しょうとしてきたつもりです。今は大学の教員として小中高の理科教育、一般の人向けの科学リテラシーの育成を専門にしています。


 本書でも言及した学校に入り込んでいるニセ科学水からの伝言』、「EM菌」(有用徴生物群)について、理系の大学2年生約80人に知っているかどうかを聞きました。これらは、マイナスイオンと違ってテレビではほとんど扱われません。それにもかかわらず、学校で習って知っており、なおかつ肯定的に捉えていた学生が1割近くいました。


 もともとは理科教育を専門とする私が、なぜこセ科学についても研究対象にしようとしたのかーー。それは、ニセ科学が学校にまで影響を及ぼしていることに危機感を持ったことが動機です。


 変動の激しい現代の知識基盤社会で必要とされるもののひとつに、「科学リテラシー」があります。リテラシーとは、もともと「言語の読み書き能力」を指す言葉ですが、科学知識が重要になった現代にあって、言語のようにだれもが基本的な科学的知識を身につけたほうがいいということで、科学リテラシーという言葉が登場してきました。


 私は、現代では「読み・書き・そろばん」だけでは不足だと考えています。「読み・書き・そろばん・サイエンス」が必要なのです。そんなことから、大人のための理科雑誌「理科の探検(RikaTan)」誌を仲間と共に発行したり、一般向けの本を書いたりして、ニセ科学に警鐘を鳴らしてきました。

 本書は、拙著『ニセ科学を見抜くセンス』(新日本出版社、2015年)を土台に、大幅に内容を追加補充したり、逆にいくつかの葦を削除したりした新版です。メインを医学・健康系にしぼり、内容を充実させました。新版を刊行するにあたっては、平凡社新書編集部の岸本洋和さんの意見が大変参考になりました。編集にも力を入れていただきました。お礼を申し上げます。


 本書を書いている間にも、新しいこセ科学の情報が次々と寄せられます。世の中にニセ科学の種は尽きないものです。本書では、暮らしの中でとくに多くの人が関心を持っている医学・健康を通して、ニセ科学の具体例を見てきました。どんどん生まれてくる新しいニセ科学に対しても、それを見抜くセンスを培う術、ニセ科学に財布や心を狙われないようにするにはどうしたらよいかを、今後もみなさんと考えていきたいと思います。