左巻健男&理科の探検’s blog

左巻健男(さまきたけお)&理科の探検(RikaTan)誌

久しぶりに「股ずれ」を思い出す

 Aさんが昨夏の股ずれ事件を思い出させてくれた。
 忘れていたが、そのことでAさんに迷惑をかけた(予定していた登山を
キャンセル)のでAさんにはいつまでも印象深いことなのだろう。
 RikaTan(理科の探検)誌(文一総合出版)2008年9月号の「編集前記」
にそのときのことを書いている(以下その一部)。
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 ◎ときには断念も後退も必要だよね


 屋久島から帰ってきたところだ。
 前号(8月号)に「屋久島行きがあるからハードな仕事もやれる。」と書い
た。貯まっていた仕事群をできるだけ片付けたが、かなり残った。「しょうが
ない、帰ってからやろう!」と屋久島に出かけた。
 いま、「心地よい疲労に包まれている。」と言いたいところだが、思わぬア
クシデントがあった。
 屋久島での計画のハイライトは、2日目の沢遊び、3,4日目の栗生歩道、
湯泊歩道歩きだった。
 沢遊びは、YNAC(屋久島野外総合活動センター)の小原さんガイドのもと、
鈴川(すずこう)の中流域で大いに楽しんだ。
 問題は3,4日目に発生した。屋久島で「歩道」というのは、つまりは山の
中の道、一言で登山道だ。メジャーなのは、縄文杉へ延びる大株歩道、白谷雲
水峡からトロッコ道に出る楠川歩道、淀川登山口から宮之浦岳の縦走路である。
 他にほとんど登山者がいない歩道がいくつもある。そのうち、安房歩道と花
山歩道は歩いたことがあるが、今回の計画の栗生(くりお)歩道、湯泊(ゆど
まり)歩道は未経験。どちらも歩いている人はほとんどいない歩道で、そこを
歩けるのがとても楽しみだった。
 しかし…。
 まず車で行けるところまで行って、栗生旧歩道に入り、さらに栗生歩道から
花之江河(はなのえごう)を経て石塚小屋に行くコースで、最初の栗生旧歩道
のほとんど道らしい道がない状態を急登していくだけというところでペースが
上がらない。「このままのペースだと石塚小屋に午後11時着になる」と言わ
れた。そのとき、本当に引き返したいと思った。
 栗生歩道に入ってから体が慣れてきて、ペースがいくぶん上がったが、石塚
小屋20分前くらいから真っ暗闇の中をライトを照らしながら進むことになっ
た。そして、歩くたびに股の部分に痛みが走るようになっていた。
 泣きたくなった。
 屋久島の山小屋では、いつもだったら屋久島の焼酎「三岳」をぐいぐい飲ん
ではしゃぐのに、焼酎を飲むどころか食欲もわかなかった。
 60歳を前にして体力の低下を非常に実感した。日頃の不摂生がたたってい
ることも実感した。
 次の日、きつい8時間コースの湯泊歩道をやめて、淀川小屋経由淀川登山口
に出る軽い数時間コースに変更。予定通り、湯泊歩道を行く永留さんらを見送
って、激しく痛む股ずれを気にしてがに股歩きで淀川登山口へ。久しぶりの道
だったのでそれはそれで楽しめたが湯泊歩道を断念せざるを得なかった自分が
悲しかった。
 そして、その日に8月初旬に計画していた十勝連峰縦走に参加できないとい
う連絡を入れた。日帰り登山ならなんとかなってもテント泊を3日するような
山行は無理だろう。山の中で迷惑をかけるよりも早めの断念のほうが迷惑が小
さくてすむだろう。これも悔しかった。
 屋久島で一緒に歩いた若者たちを見て、「あのころ、コースタイムの半分く
らいで山をかけまわっていたなあ」と思った。いまだって、体調を整えればコ
ースタイムの1.2倍くらいで楽しみながら山行ができるに違いない。密かに
湯泊歩道のリベンジを誓ったのだった。
 そして、さらに屋久島の魅力にはまっている
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(引用以上)


 股ずれは湿度の高い屋久島の森の中でのことだった。
 あれ以来は大丈夫だが、あのときのことを忘れないようにしなくてはと
思った。
 そのときツレも一緒だった。
 今年を思いうかべると、冬のネパール、2,3月の屋久島、西表島、7月の
上海、8月のラダック、9月の富士山、10月の国見温泉2泊などなど、まあ
まあ歩けたと思う。
 事務所から30分かけて小金井公園内を歩いて大学へ行ったりしているし。


 ぼくはもう若くないということを実感することが大切と思う。
 中高年の登山の本などを読んでいて「筋力やバランス力が若いときの半分」
とかになっていることの認識が必要だろう。
 だから登山などは若い、馬力がある人たちとは無理かなと思ってしまって
いる。(若い人たちが老人をいたわりながら登山してくれればいいのだが(^_^)。)
 ツレや登山初心者などと一緒がいいのだろう。
 無理は禁物だ。