日経BP社 (2006/12)発行の分厚い本を読んで時事通信社配信の書評記事を書いた。その一次原稿。
サイバネティックスは、数十年前の学生時代に出会った言葉だ。専門的に学習すると難解な感じがあり、結局、入門書を1,2冊読んで終わっていた。
本書で、「サイバースペース」「サイバー社会」「サイボーグ」と言った言葉がサイバネティックスが語源だということを改めて知った。そう、ノーバート・ウィーナーが創始したサイバネティックスは、現在の情報時代に、強い影響を与えた学問だったのだ。
原題は、Dark Hero of The Information Ageだ。Dark Hero、つまり「見えないヒーロー」は、宇宙に大量に存在している見えない物質(暗黒物質:光を出さずに質量のみを出す物質) Dark Matter に引っかけてある。光学的には見えないけれど宇宙の質量の大部分を占めるのではないかと想像できるDark Matterのように、この情報時代に展開される理論と技術のあらゆる方面に影響を与えている人物だからDark Heroというわけなのだ。さらにDark Matterが素粒子論や天文学から解明が進んでいるときに、本書は、ウィーナーの人物と業績にスポットを当てて見えない部分を明らかにして、彼の業績の今日的な意義を示したいという企てでもある。
私は、彼の業績もさることながら、本書で活写されるウィーナーの人生模様のほうに強い興味を持って読み進めた。私にはそれは映画やテレビの人生ドラマの第一級品に引けを取らない興奮を与えてくれた。その幼少時代から普通ではないのだ。
ハーバード大学でスラブ語を教えていた父親の早期英才教育によりウィーナーは神童として育つ。11歳で大学に入学、18歳でハーバード大学より博士号を授与される。「神童、大人になればただの人」という警句があるが、ウィーナーはどうなっていくのか?私のような教育学の研究者でなくても興味をそそられるところではないか。
読み進めると、良くも悪くも神童であったことがウィーナーに響いていることがわかる。自分自身が何とか研究者生活を続けられる程度ではあったが躁と鬱の状態を繰り返していたし、父親から同じような教育を受けた弟は分裂病(統合失調症)になる。とくに弟の発症は、ウィーナーにいつも自分自身に対する恐れを抱かせていたようだ。さらにウィーナーの人生における人間関係の軸に妻マーガレットが絡んでいる。本書は、マーガレットを幾たびか「感情音痴」とし、ある大きな事件では彼女の関与を明示する。
本文で5百ページ余の本がいったいウィーナーはどうなっていくのだろうか?というサスペンス心で読み進められたということを明記しておきたい。(左巻健男)