左巻健男&理科の探検’s blog

左巻健男(さまきたけお)&理科の探検(RikaTan)誌

左巻健男がネット活用で集団的本づくりをやってきた経緯

 ぼくがパソコン通信から始めてネット活用をして集団的本づくりをするようになった経緯を2002年に書いた文章がある。
 京都工芸繊維大学の情報系のセンター冊子に書いたものだ。
 アドミッションセンター教授としての仕事以外に本づくりもやっていたので、その弁解もふくまれている。(^_^;)
   

◎INET活用で集団的本づくり


■メールのチェックから1日が始まる

 朝起きるとまずすることはパソコンのスイッチを入れてメールをチェックし、急いで返事を出さなくてはならないものに返事を書くことである。
 1日に受け取るメールが100〜200通、発信するメールが20〜30通といったところだろうか。
 このメールのうちの大部分が、本の集団執筆のために私が設置したいくつものMLでやりとりするものである。MLで仕事が進行していくので、いつでも、どこでも、すき間の時間を活用できる。電車の中などすき間の時間ができたときなども、メールのやりとりに使える時間である。

■科学啓発、大学広報のためには

 大学はたくさんの種類の冊子を発行しているが、無料で配布するものでしっかり読まれるものは少ない。それに対し市販本はうまく対象の読者を獲得できればその内容を伝えることができる。たとえば、無料の大学、学部、学科の広報冊子ではなく、買ってまでわざわざ読んでくれる本に仕上げることができれば、その権威性は非常に大きいし、結果として広報の有効性も大きくなる。

 以下、私の集団的本づくりの方法を紹介してみよう。
 この方法で、結果として大学や学科の宣伝になる本づくりを教官を組織してやれるのではないだろうかという思いがある。内容がまともで科学啓発的なら、本は世の中で高い評価を受けることが多い。

■最初はパソコン通信

 私は、本学に移る前、ときには大学生に専門の理科教育や学校教育の講義をしていたが、メインには中学生や高校生に理科を教えながら、理科教育、環境教育などの研究をしていた。

 理科教育は、言うならば「科学をどう伝えるか」ということだ。学校だけに限らずさまざまな手段でさまざまな場で理科教育の実践はありうる。一般向けに意味ある科学啓発の本づくりも広げれば理科教育の実践の範疇にふくまれるだろう。

 そう考えて科学啓発本の集団執筆活動を始めたのは1996年6月のことである。それまでは学校理科教育に限定して著作活動をしていた。

 当時は電子的通信といえばパソコン通信であった。その一つニフティサーブに日本化学会運営のフォーラムがあり、私はその会議室のリーダーの一人であった。

 私は、会議室で、『身近なモノの100不思議』『水と空気の100不思議』(東京書籍)という2冊の本を集団でつくっていこうと呼びかけたのである。
それぞれ1テーマ2ペ─ジ展開で、100テーマを書くというものである。

「この企画は、パソコン通信で初めから終わりまでやってみよう」と思った。私にとってのパソコン通信活用の実験的試みである。

・私がつくったテーマ例に意見をもらう。
・テーマを確定したら、パソコン通信で執筆希望者を募る。希望としては約40人。
・テーマ分担を確定したら、関連する情報交換を本づくり専用の会議室を設けて行う。

という方法で、2冊の本をつくれないかと考えたのである。

 執筆者には、大学の科学の研究者、中学校高校などの理科教員が参加した。
 本の読者の想定、テーマを100に絞ること、そのテーマをいくつかの章に配置すること、など本のコンセプトに関わることを議論してから執筆に入った。
 各テーマの分担者から一次原稿が出されると、それにたいして、「科学的正確さはどうか」「わかりやすさはどうか」という視点でコメントがつく。お互いにクロスして査読し合うということも行う。

 こうして、2冊の本の執筆と編集を、パソコン通通信の会議室で進行させたのである。執筆参加者には、一度も顔を合わせたことがない方々も大勢いるが、私は実践的な理科教育の雑誌の編集委員を10年間ほど勤めながら得た編集の技と文字だけでもお互いの交流ができるようにという通信の交通整理の技で問題は起こらずに進めることができたようである。
 できあがった2冊には、次のような前書きを書いた。
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          −読者のみなさんへ−

 本書の特徴は3つあります。
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 1.パソコン通信を大いに活用した本づくり
 2.身近なモノのしくみ、なりたち、原理をわかりやすく説明
 3.1テーマ2ページの読み切りが100テーマ
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 本書はパソ通でつくりました。
 パソ通の会議室で、テーマ選びから執筆までをおこなったのです。

 それぞれの会議室が『100不思議』関連でいっぱいになるほど活発に書き込まれました。「書いてみたけどどうか」から「こんなところで困っている」まで、執筆者だけではなく会議室参加者までわいわいやりとりをしたのです。文章への指摘もあれば、内容にかかわる指摘もありました。

 テーマによっては、もとの内容ががらっと変わったものさえあります。私や執筆者が間違って理解していたこともありました。

 本書をパソ通でつくろうと思ったのは、私が、ニフティサーブ「化学の広場」フォーラムでは、【日常】会議室(FCHEMH6番)議長、【教育】会議室(FCHEMT2番)副議長をつとめ、また「教育実践専門館」フォーラムの【理科の部屋】会議室(FKYOIKUS5番)にも出入りしていたからです。
 そこで交わしている情報をいっぱんの人にわかりやすく伝える本はできないだろうか、と思いました。

 私にとっては、私がおこなっているいっぱんの人への科学の普及、科学の啓蒙活動の一つになります。

 「こんな本をつくりたい。一緒にやりませんか」とパソコン通信の会議室で呼びかけて始まりました。

 参加条件は、「文章が上手い、下手より、知的好奇心がある人」「『ネタ』を今持っている、というよりこれから調べよう、という人。パソコン通信でみんなで議論してすすめようと思う人」です。

 さすがに会議室でわいわい情報交換や議論をやっていた人たちです。2冊(本書と『水と空気の100不思議』)で短期間にわっと50人近くの人が手をあげました。みなさん、中学校や高校の理科の教員や科学関係の会社員、大学や会社の研究者、技術開発担当者など広い範囲の方々です。

 楽しく役にたつ読み物のに仕上がっているとしたら、テーマ選びから内容の議論まで、会議室でいっしょにわいわいやっていただいたみなさんのおかげです。
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■INET活用への移行

 『身近なモノの100不思議』『水と空気の100不思議』(東京書籍)という2冊の本は読者に好評をもって迎えられた。
 東京書籍からは、その後、このシリーズで、『ダイオキシン100の知識』『話題の化学物質100の知識』『気になる成分・表示100の知識』『素顔の科学誌−科学を身近にする42のエピソード』『石けん・洗剤100の知識』『光と色の100不思議』『うんちとおしっこの100不思議』などを出すことになった。このときには、通信環境は、パソコン通信主体からINET主体へと移行していた。

 そして、執筆参加者は、閉じられたパソコン通信の会議室参加者から、理科教育や科学関係のML参加者に広がっていった。出版社も東京書籍だけでなく日本実業出版社などにも広がった。科学啓発ものだけでなく、環境問題啓発的なものや、私の専門の理科教育に関連したものまで広がってきた。

 そして、現在、このようなINET活用の本づくりとしては、検定外中学校理科教科書づくりを進めている。

 これについては、日本経済新聞(2002.8.3朝刊)の拙稿の一次原稿を紹介しておこう(実際と若干の変更有り)。
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●検定教科書を執筆しながらの思い

 私は、昨年4月に大学に移るまで、長年、中学校や高等学校で理科を教えながら理科教育を実践的に研究してきた。現場で子どもたちと悪戦苦闘しながら、たのしくわかる理科を目指してきた。そういう研究成果にたって検定中学校理科教科書、検定高校理科教科書を執筆してきた。

 検定教科書の執筆でいつも一番大きな障壁は学習指導要領だった。たくさんある学習指導要領の欠点を何とか執筆の際に工夫で乗り越えて子どもにとっても教員にとっても使いやすい教科書にしようと努めてきた。それが各教科書会社、執筆者の思いだったはずだ。検定教科書をよくすることは、わが国の理科教育をよくすることに即つながると考えていた。

 しかし、今回の理科の学習指導要領は、あまりにも質的にひどかった。ちょっと難しい内容はすべて削除され、穴ぼこだらけにされた残りものを再配置しただけのひどい代物だった。さらに輪をかけて教科書検定がひどかった。学習指導要領がもつ問題を検定教科書で何とか克服しようとする努力も、“最低基準”とされる新学習指導要領にある内容のみに制限するという厳しい教科書検定が行われて薄っぺらで中途半端な内容にならざるを得なかった。

 学習内容の削減は仕方がないにせよ、質のひどさに驚き、あきれたのである。これでもっと深く学習しようという意欲はわくのか。浅い内容の羅列は単なる暗記学習へ誘うだけだ。これで本当にいいのか。

●もっとも具体的な対案を示そう−究極の批判へ

 いいはずがないというのが私の思いだった。そこで、有志と『「理数力」崩壊−日本人の学力はどこまで下がるか』(日本実業出版社)を執筆した。しかし、理屈で学習指導要領を批判しても、どうも何かが足りないという感じがぬぐえなかった。

 それに学習指導要領を元に戻せばいいというものでもない。今後の高度知識社会に生きる子どもたちにふさわしい理科の教育課程をシステマチックに組み直して根本から理科の教育課程を再構築しないとわが国に未来はないのではないか。

 これぞ究極の批判は、もっとも具体的な対案を示すことではないか。文部科学省教科書検定なぞ受けない教科書(検定外教科書)を義務教育最終段階の中学校レベルで現場の教員自身がつくる運動をおこそう。検定外教科書をつくるためには、これまでわが国で積み重ねられてきたさまざまな実践的な成果も大いに取り入れて、自分たちで自分たちの学習指導要領をつくりながら教科書をつくってみよう。こうして検定教科書以外の「もう一つの教科書づくり」へと踏み出していったのだ。

●あっという間に200人が参加

 検定外中学校理科教科書は、科学書出版社の文一総合出版が発行元を引き受けてくれた。この1月にいくつかのメーリングリスト(ML)に呼びかけを行った。その反響は大きかった。

 中学校教諭が中心に、高等学校や大学の教員も呼びかけに応えてきた。理科教材会社の方やマスコミの方や会社の技術関係の方もいた。
 現在、200人余りの参加者がいる。うち、中学校で教えている人が約6割である。
 現場はこの活動を待っていたのである。 

●来年春に3冊の検定外教科書を発行

 いま、7つの編集・執筆・原稿検討のためのMLが動いている。MLでは、毎日、原稿や原稿への意見が飛び交っている。

 現行の学習指導要領では、原子・分子は中学校2年の後半までどんな形にせよ(単なる粒子モデルでも)いっさい扱ってはならないとなっている。私たちの検定外教科書で、原子・分子の学習を中学校1年の教育内容に入れている。原子・分子といったミクロな物質観への入門はそれ自体が興味深い内容であり、しかも以後の「溶液と水溶液」や「状態変化と気体」などの章で活用できる内容である。

 また、生物分野は背後に進化の事実をいつもおいて展開している。義務教育で、「これだけは必要」と考える内容を盛りこんである。

 中学校理科で教えなければならないのは、人類の達成した科学的文化の中で最良のものから真の基礎・基本として選び抜かれたものにしたいと考えているからだ。少々高度であっても、暗記事項を最小限にして、それらを学習することで自然をゆたかに科学的にとらえられるようにするならトピックスを増やしても授業時間内で何とかなるからだ。

 「読んでわかる教科書にしよう」「できるだけ定価を下げよう」ということで教科書は文章主体で、しかもモノクロである。各冊300ページのボリュームで、各冊の定価は千数百円、内容は、高まり、深まり、広がりをもった、やさしく本質的な記述を心がける教科書であろうとしている。

 この夏にはほとんどの原稿がそろい、その後、教科書のレイアウトなどの編集作業をこなして、来年1から3月には中学校1年から3年までの学年別3巻の検定外教科書ができあがる予定である。

 現場での採用は厳しくても、この活動の結果生まれた検定外教科書は、一般の人や現場の教員にたいして、中学校理科で「このくらいの科学的教養を、このような展開で」という具体的対案として話題になることだろう。この活動は、きっと、学習指導要領や教科書検定を見直すきっかけ、検定教科書の内容を改善するきっかけになることだろう。

 そして、この活動の一番のメリットは、自分たちで教科書を作り上げるという経験をもった教員たちの出現である。現場からの、地域からの「顔の見えるカリキュラム」づくりを推進できる主体が育っていくことに期待している。
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■アドミッションセンターの仕事に大いにプラス

 このようなMLを活用した本づくりを進めているわけだが、このような活動がアドミッションセンターの仕事にどう生きるであろうか。もちろん、アドミッションセンターの仕事の合間などに進めているので、この活動で迷惑をかけていることはないと思っている。
 逆に、このような集団執筆活動のリーダーをやってきたことで、全国の高校教員などとの人的ネットワークが強く、広く構築されてきている。とくに関西では強い。

 一緒に集団執筆に加わった人たちだけでなく、これらの本の読者として私を認知してくれている高校教員がたくさんいる。これらの人的ネットワークは本学AO入試を広めていくうえで非常に有効である。

 さらに、先にも述べたが本学の研究の広報を市販本の形にしていくことである。そのときには、私が、INETを活用して集団執筆活動をして得たノウハウを大いに生かすことが出るのではないか、という密かなる思いがある。