左巻健男&理科の探検’s blog

左巻健男(さまきたけお)&理科の探検(RikaTan)誌

左巻健男のおもしろ実験の原点は「液体窒素」の実験(理科教育へはまった1つの経験)

●教員1年目の悩み
 低温条件下で実験するときには液体窒素がよく使われます。無色透明の液体でビーカーに注ぐとビーカーの中で沸騰しています。
 ぼくは、今から30ウン年前、大学院修士で物理化学と化学教育を専攻してから埼玉県の新任の中学校理科教員になりました。
 無我夢中で教育に取り組んでいましたが後悔の念も少しありました。
 親友の滝川洋二さん(東海大学教授)から「一緒に博士課程に行って理科教育を研究しよう!」といわれたときに、それを断ったのでした。「いや、ぼくは、学校現場で理科教育を研究して、それを全国に発信できる教員になりたい。」などといって、現場に飛び込んだのです。それなのに、実際に教員をやってみるとマンネリズムに陥り、事なかれ主義で教科書をこなすだけの先輩教員などにも出合い、疑問を持ち始めてもいたのです。


液体窒素を使った授業などが、教員生活を変えた
 中学校1年生の担任でした。理科の授業は「状態変化」に入ろうとしていました。
 食塩をたっぷり液体にして見せよう、エタノールドライアイス寒剤でブタンを液体にして見せよう、など工夫をこらしながら授業を進めました。単元が終わりに近づこうとしているときに、「まとめで液体窒素の実験をしよう!」と思いました。若き左巻健男は、液体窒素によるいろいろなものの冷却実験をしたときに、子どもたちの喜ぶ顔がイメージできたのです。子どもたちが百の言葉よりこの実験で物質の世界をゆたかにとらえるにちがいないと思えたのです。
 ぼくは電車とバスを乗り継いで片道2時間くらいをかけて大学の研究室に液体窒素を貰いに行きました。授業の結果は期待したとおりでした。「これからは、この液体窒素の授業のような充実感・達成感のある授業をしていこう」と自分にいい聞かせました。もう後悔の念は吹き飛びました。
 そして、今もときには学生たちと子どもたちに液体窒素の実験教室をしたりしているのです。その延長線上に科学の面白さを子どもたちや一般の人たちにどう伝えたらいいかという現在の研究もあるのです。


液体窒素の基本実験をする前の質問
 次は、ぼくが液体窒素の実験教室をやるときに配る質問集の例です。一つずつ質問を考えさせた上で実験をしていきます。

(1)実験室の机の上に、液体窒素を少量こぼしてみましょう。液体窒素がいくつもの水滴のようになってコロコロところがるのが見られます。つつくとすーっと動いていきます(等速直線運動)。なぜ摩擦がとても小さいのでしょうか?
(2)液体窒素に指を入れたらどうなるでしょうか?
(3)ビーカーの中では、液体窒素が沸騰しています。花や卵、ゴム球(ソフトテニスのボール)を入れてみましょう。どうなると思いますか?
(4)ポリ袋に酸素を入れ、しばって、液体窒素の中につけます。酸素はどうなるでしょうか?
(5).液体の酸素にネオジム磁石(非常に強い磁石)を近づけます。どうなるでしょうか?
(6)液体の酸素を脱脂綿にしみこませます。それに火をつけるとどうなるでしょうか?(7)ポリ袋に二酸化炭素を入れ、口をしばって、液体窒素の中につけます。二酸化炭素はどうなるでしょうか?
(8)試験管にエタノールを入れ、液体窒素につけます。エタノールはどうなるでしょうか?
(9)エタノールの固体をエタノールの液体に入れたら固体は浮くと思いますか?沈むと思いますか?
(10)鉄の棒を液体窒素で冷やしてから、鉄棒をガスバーナーの炎の中に入れます。鉄棒にどんな変化が見られると思いますか?


●凍傷に注意
 液体窒素の実験をするときに注意する点です。
 液体窒素は、ドライアイスの−78.5℃に対し、液体窒素は−196℃という低温です。また液体で衣服などにしみこみやすいです。
 液体窒素では、注意する点は、凍傷、容器破裂、窒息・酸欠ですが、もう一つ知らずに液体酸素ができてしまうことがあります。液体酸素は可燃物と一緒にあって火がつくと爆発的に反応します。
 まず凍傷の対策です。液体窒素は衣服や軍手などにしみこみやすいので、しみこんで長い間皮膚に接触すると凍傷になります。ですから、まず軍手のような手袋は危険です。専用の革製の手袋を用います。手首と手袋の間から入り込むことにも注意が必要です。
 短時間液体窒素がかかるだけなら素手で扱っても大きな危険はありません。素手だと皮膚に接触した液体窒素は瞬間的に蒸発して皮膚との間に気体の膜をつくります。
 ただし、液体窒素が入ったビーカーを持ち上げるときなど、素手では、皮膚の表面の水分が瞬時に凍って張り付いてしまうこともありますので、革手袋の着用が望ましいです。
 足にかかることもあるので、靴下にサンダル履きは避けましょう。
 はじめは怖がっていても、指を瞬間的に入れても平気、手のひらにとっても平気…ということで、液体窒素に慣れてくるとふざけている間に衣服にしみこんだりして凍傷になる可能性があります。
 液体窒素を容器から飲む真似をした生徒が出て、空だと思っていた容器に液体窒素が少量残っていて飲み込んでしまったという事例があります。凍傷を心配したが、幸い、その後げっぷがしばらく続いただけで事なきを得たということです。これも馴れが招いたことです。
 ドライアイスの実験同様、換気のよい部屋で、換気を十分にしながら実験をする必要があります。
 実験室の温度を下げようと液体窒素を室内にばらまいて、酸欠で助手と大学院生が死亡した1992年にある大学でおきた事故が有名です。


●実験をしてみよう
(1)机の上に液体窒素をこぼす
「これは液体窒素を保存する容器です。内かんと外かんを重ねて二重にしてあります。内かんと外かんの間は、真空で熱がほとんど伝わりません」と容器の説明をします。
 実験室の机の上に、液体窒素を少量こぼしてみよう。机の上にパアッと液体窒素が散ります。参加者は焦って後ずさります。
 液体窒素がいくつもの水滴のようになってコロコロところがるのが見られます。
 「これは、液体窒素が直接机に接触しないで、液体窒素から蒸発した気体の窒素のうすい膜の上にのっているからです。同じことは、強い火のうえにのせたフライパンに水をふきかけると見られます。」
(2)液体窒素に指を入れてみせる
発泡ポリスチレンの板の上に 300ミリリットルのビーカーをおき、少しずつ液体窒素をそそぎ入れます。はじめは、ほとんど気化してしまいます。しだいに落ちついてきます。ビーカーの外側は、霜でまっ白になります。
 ビーカーの中では、液体窒素が沸とうしています。
 「液体窒素の温度は、−196°Cです。」と言って、ビーカーを右手でもちあげ、左手に直接そそいでみます。全く平気です。液体窒素が球状態をなし、それが直接皮ふに接触しないからです。
 「このなかに、指を数分間ひたしておけば、石のようになり、ハンマーでたたかなくても、もはや元にもどりません。ものすごい凍傷になるのです。その場合は指を切断しなくてはならないでしょう」といいます。そこで、指をほんの瞬間、液体窒素中に入れます。見学者は驚いて見ています。瞬間ならば、指と液体窒素の間に窒素の気体が膜となって直接触れ合わないので平気なのです。
(3)花などを入れる
「この中にいろいろなものを入れて冷やしてみましょう」と言って、花を入れます。花を入れると、まるで天ぷらをあげているみたいになります。取り出すとパリパリになっています。花を机に打ちつけると粉砕されます。
 卵も凝固します。ゆで卵みたいになりますが、時間がたつと元に戻ります。
 ゴムボール( 軟式のテニスボール) をひたしてぐるぐる回して全体を冷却させます。ビーカーの壁にあたって音を立てるくらいに固くなったら、取り出します。ややへこんで石のように固くなっています。これを真上に放り上げて固い床落とせば、音をたてて、いくつかに割れてしまいます。
 それが次第に温まると弾性を復活します。
なお、プラスチックのボールは、液体窒素の中で粉々に砕け散ることもあります。
 ビーカーにバナナがつかるぐらいに液体窒素を入れ、その中にバナナを入れます。中までよく凍ったら取り出してくぎを打ってみます。バナナがカチンカチンになるまで待ちます。しっかり凍っていないと打っている間に折れてしまいます。どうも冷やしすぎると細胞の間が柱状節理のような模様で縮まって凍るのでその境界面で割れやすくなりますので、あまり強く打ちすぎないように。
(4)酸素を冷やす
 次に、ポリ袋に空気を入れ、しばって、液体窒素の中につけます。なお、ポリ袋はビーカーよりずっと大きくて大丈夫です。部分的にでも液体窒素の中につっこんで無理やり押し込むようにすると、空気が縮んだり、一部液化したりして全体が入っていきます。
 ポリ袋はしぼんでいいきます。取り出すと、白くにごった液体が隅の方でさかんに沸騰しています。これは液体空気です。白いにごりは、ほとんど氷で一部はドライアイスでしょう。
 同様に、ポリ袋に酸素を入れて冷やすと、淡い青色の液体酸素ができます。液体酸素は淡いブルーでとてもきれいです。
(5)液体酸素は磁石にくっつく
 ネオジム磁石のような強力な磁石を近づけると液体酸素はくっついてきます。鉄には強磁性という性質があるが、酸素には常磁性という性質があり、強力な磁石にはくっついてくるのです。
(6)液体酸素がしみこんだ脱脂綿に点火
 ポリ袋に脱脂綿を入れてから酸素を入れて閉じます。これを液体窒素で冷やすとできた液体酸素が脱脂綿にしみこんでうすいブルーになっています。
 脱脂綿をポリ袋の隅にして、蒸発皿の上で、ポリ袋をはさみで切り、脱脂綿を皿に落とします。この液体酸素がしみこんだ脱脂綿に点火するととても激しく燃焼します。
(7)二酸化炭素を冷やす
 二酸化炭素を入れたポリ袋を冷やします。二酸化炭素では、サラサラした粉末状になります。
 ポリ袋の上から強く握ってやると、ぎゅっと固まりドライアイスのようになります。
(8)エタノールの氷をつくろう
 ビーカーに約20ミリリットルのエタノールを入れ、これに約30ミリリットルの液体窒素を入れて、ガラス棒でかき混ぜると、シャリシャリしたエタノールの固体になります。
 そのままガラス棒でかきまぜていると、ドロッとして水アメのような状態を経て元のさらさらした液体に戻ります。(エタノールをうまく凍らせるコツは、液体窒素を多く入れて、すばやくかきまぜることです。)
(10)エタノール氷はエタノールに浮くか沈むか
 エタノール入りの試験管を冷やして、エタノールの氷をつくります。その「エタノール氷」を用意しておいた液体のエタノールの中に入れることにします。「エタノール氷は浮くだろうか。沈むだろうか」と質問してから入れてみます。
 つい、水の場合を見慣れていて、他の物質も水と同じと考えてしまいがちです。エタノール氷は、液体のエタノールに沈みます。実は、水の場合が異常であって、水以外にはアンチモンなどわずかな物質だけが、液体よりもその固体の方が、分子や原子がギッシリつまるので、体積が小さいのです。
(11)火の上にできる霜
 鉄の棒の一端を液体窒素にひたしてみましょう。もう一方の端は、断熱のために発泡ポリスチレンをつきさすなどして、手でもっても大丈夫なようにします。この鉄棒の冷やした部分を、ガスバーナーの火の上にかざしてみましょう。そこには、まっ白な霜とドライアイスがつくでしょう。火の上で霜ができるのです。これは、燃えてでてきた水蒸気と二酸化炭素が冷やされたためです。(注意:冷やした鉄棒を絶対に手でにぎってはなりません。手が鉄棒にくっつき、ひどい凍傷になります。)


●化学の教育は、知的な面白さをと楽しくわかる実験を
 ぼくは、理科教育は、いつも平明なもの、子どもの興味をひくもの、本質的なもの、を目指すべきだと思っています。
 化学の教育では、液体窒素にきゃーきゃー叫び実験に熱中するような、物質にいつも触れるような化学教育をすすめたいと思っています。
 化学教育の中心は「物質が身近になる、物質の世界が見えてくる」ことでなければならないと考えています。黒板とチョークで、知識の解説や計算問題の解き方をごりごりやるのも必要なときもあるが、いつも忘れてならないのが「物質とつき合う」ことです。このことは、小学校・中学校はもちろん、高校でも大学でも同じく必要なことでしょう。
 化学教育では、常に、原子論というミクロなレベルの理論とともに、物質の性質や物質の変化のマクロなレベルの世界を統一して行くこと、その理論と実験が生活や社会と広くつながっていることを大事にしなければならないと思います。物質の世界をミクロにもマクロにもゆたかに示してくれる知識を、暗記を最小限にしてシステマチックに示してやることも化学教員のすべきことでしょう。