左巻健男です。『理科の探検(RikaTan)』誌委員MLに書いたことです。
ぼくは、5/28にツイッターに、
ある人に「忙しいのはわかるのですがお金を出して貰って読まれる原稿なので手を抜いたら駄目ですよ。人間と能力の評価ががた落ちになりますよ。」と注意。こんなことを言いたくないのですがねえ。1Pものでも2Pものでも自分の全存在をかけて執筆だよね。(自戒の独り言)
と書きました。
執筆するときは心してください。(自戒)
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*以下はRikaTanが月刊誌時代に書いたことです。
RikaTan誌で原稿を書くときに意識したこと
RikaTan誌を立ち上げたときに、ぼくは、原稿のかなりの部分をRikaTan誌企画委員(170名余)に書いて貰おうと思った。
しかし、問題は、その原稿の質である。質がよい原稿は、読者に内容が伝わるものだ。RikaTan誌をお金を出して買って貰っている読者に、「読もう」と思わせ、「読んでよかった」と思って貰えるものだ。
ぼくは、今までに何冊もの共同的な、集団的な執筆で本作りをしてきた。そのなかで、「こういうことを意識して原稿を書こうよ!」と呼びかけてきた文章がある。それを企画委員のMLに紹介した。
「文章は少し下手だってかまわないが、相手の心に少しでも刺激を与えるような、伝わる力を持った文章を書こうよ」というぼくの思いがある。その中で、一番言いたかったのは、次の部分だ。
「●原稿の最低条件は“読む気をさそうもの”
読む気にさせるということは、読者の共感だけでなく反感をもふくめて“おもしろそうだ”と思わせることである。おもしろければ、そこに役立つことが書いてなくても、読者は、何かを感じることができる。
おもしろくない、読む気にならないものは概して“形式的”だ。肉声が感じられない死んだ文章である。私たちは、生き甲斐のため、おもしろがるために書くのである。したがって、形式的な文章とは無縁のはずである。
おもしろい文章には、ためになることがふくまれていたり、共感できるもの、目を開かされるもの、自分の思いを相手に伝えようとする熱意などがふくまれている。」
ぼくをふくめて、実際のRikaTan誌の原稿がそうなっていたかどうかは問題があるが、そうあろうとした。
そして、次は、読者の方々に大いに原稿を書いて貰いたいと思っている。委員・読者の交流の「RikaTan広場」も開設した。読者の意見をいただくための方法も改善していきたい。読者のみなさんが「原稿を執筆」となったときは、執筆要項にプラスして、先の「執筆で心したいこと」もつけよう
と思う。
RikaTan誌は、本号で3年目を迎える。ぼくは雑誌が創刊されて2号目や3号目で廃刊の憂き目を見たものを目の当たりにしてきた。ネットでさまざまな情報が入手できる現在、新しく雑誌を出そうとしたら、余程の決意が必要だった。企画委員・編集委員に支えられ、さらに読者のみなさんに支え
られて、ここまできた。2年間でRikaTan誌の基礎をつくってくれた星の環会にも感謝したい。「さらに発展させたい」というぼくの気持ちをくんで、3年目からを引き受けてくれた文一総合出版にも感謝したい。
本当の勝負はこれからなのだろうと思う。
その場合に、いつもぼくたちは、原稿の質にこだわっていきたいと思う。