左巻健男&理科の探検’s blog

左巻健男(さまきたけお)&理科の探検(RikaTan)誌

『話したくなる! つかえる生物』書評

 左巻健男・青野裕幸編著『話したくなる! つかえる生物』明日香出版社 本体1500円が、住友生命の本の情報誌『BESTBOOK』2014年12月号に3pにわたって紹介されました。「今月の12冊」のなかの1冊です。


 生物学の進歩を実感!
 植物、動物、人体の不思議に迫る

 水中を泳ぐミドリムシが「植物」に分類される理由


 本書『話したくなる! つかえる生物』 の編著者は、法政大学教職課程センター教授の左巻健男氏と、公立中学校理科教諭の青野裕幸氏。研究者、医療関係者、教員からなるほか一〇名の執筆陣とともに、身近な生物の「なぜ?」に迫った一冊だ。
 「理科好きの大人向け雑誌『理科の探検(RikaTan)」誌の編集長と同副編集長を務める左巻氏と青野氏は、「読者の皆さんへ」で、生物学は「過去の知識がどんどん刷新されている最も活発な学問の1つ」だと述べている。


 内容的には今の中学校から高校初級レベルの内容です。自分がその時代に学んだ内容よりも高度になっているかもしれません。
 それはある意味、最近の生物学の進歩の証とも言えそうです。


 では第一章「植物のくらしとなかま」から「生物界のボーダーレス」を見てみよう。′ テーマとなるのは「生物の分類」をどのように考えるか。地球上には二〇〇万種近くの生物が確認されており、実際にはその一〇倍以上はいると推測される。
 「動物と植物の中間」の生物として紹介されているのは、お馴染みの「ミドリムシ」。最近では「ユーグレナ」と呼ばれ、栄養価の高い食材としても知られるようになった。水中を泳ぐミドリムシは、動くという特徴から動物のようだが、じつは植物だと言う。その理由は、葉緑体を持っており光合成をして生きているから。動物と植物を分けているのは「物を食べるか食べないか」だそうだ。
 ただし、動物であり植物でもある「ボーダーレスな生物」も存在する。「その名も?ハテナ″」。発見当初は変称だったが、のちに学名になった。
 ハテナは、二〇〇〇(平成一二)年に和歌山県の砂浜で発見された単細胞生物。ある特定の藻類を食べるが、その藻類を消化せずに「体内に飼い」、藻類の光合成によって栄養を得るようになる。そのためものを食べなくなり、不要になった「口」は退化していく。つまり動物から植物になるのだ。
 ハテナの驚きの生態には、さらに続きがある。


 植物になったハテナが2つに分裂して数を増やすとき、片方のハテナは共生した藻類を受け継ぎ植物として生き続けますが、もう片方のハテナは藻類を受け継ぐことができません。そうすると、光合成ができなくなったハテナは、生きていくために再び物を食べるようになります。そう、口が再生するのです。ライフサイクルの中に、植物として生きる時期と動物として生きる時期がある生物は、ハテナ以外に見つかっていません。


 続く第二章「動物のくらしとなかま」の「心ときめく恐竜の世界」によると、恐竜は「翼竜・魚竜・首長竜などを含まない、独立した分類辞と定義」できるそうだ。恐竜類の特徴は、「直立歩行に適した骨格」で、トカゲのように足が胴から横に伸び、関節を曲げて歩行するのではなく、足が体の真下にまっすぐ伸びている爬虫類であること。
 この定義に当てはめると、鳥類は「白亜紀未に絶滅した恐竜たちの末裔」となる。近年、中国で「羽毛恐竜」の発見が相次ぎ、鳥類は「恐竜の子孫である」と、認められる方向にあるそうだ。


 恋する「胸のドキドキ」は「すなわち軽い狭心症

 第三章「動物・ヒトのからだのしくみ」からは、「なぜ、胸がドキドキするのか?」を紹介しよう。人間の神経には中枢神凝系と末梢神経系がある。
 見たり開いたりした刺激に反応し、行動を起こす信号を筋肉に伝えるのが中枢神経だ。 抹消神経の一つである自律神経系は、交感神経と副交感神経で構成される。交感神経は体を活動的にし、副交感神経は疲労を国復させる方向に体を調整する働きを持つ。
「恋」したときに感じる「胸のドキドキ」には、この神経のさまざまな働きが関係しているそうだ。


 恋をすると感情の高まりに関する中枢神経系の活動が活発になり、精神が蒔揚します。自律神軽も交感神経が優位の状態になり、運動した時のように胸がドキドキします。このドキドキは運動した時とは違い、心臓の筋肉に栄養を供給する冠動脈が心臓のドキドキに見合って十分拡張しないことがあります。すると、心筋に血液が十分に供給されない、すなわち軽い狭心症のような状態になって胸がキュンとすることがあります。これが胸キュンの正体です。

 同じく第三章の「あなたの知らない骨の真実」では、動物の骨の比較から多くを読み解いていく。
 例えば、哺乳類の頚椎の数は七個であることが多い。しかし、その形状はさまざまである。アジアゾウの頭を支える頚椎は全長約五〇センチで太くて短いが、マサイキリンはそれぞれの骨がとても長く、全長二〇〇センチを超える。
 同じ動物でも、雄と雌で骨の形が異なる場合もある。ゴリラの雄は噛むカがとても強く、発達したこめかみの筋肉を頭頂部の骨で支えている。そのため雄の頭蓋骨は雌に比べて「かなりとんがって」いるそうだ。
 骨の比較から、その動物の生態や「進化の道筋」など、さまざまなことが明らかになるのである。


 トラを絶滅から救うためにその地域の「生態系全体を守る」

 続く第四章は「生殖と発生」、第五章では「遺伝と進化」がテーマとなる。最後の第六章「食物連鎖と生態系」の、「絶滅が危ぶまれているトラを保護するには?」で説かれるのは、環境保全のむずかしさだ。
 現在、勉減の危機にあるトラは、かつてインドからシベリアまでの広範囲に生息していたが、狩猟や森林伐採の影響を受けて激減し、保護の対象となっている。保護対策の一つは密猟の取締強化だが、なによりの急務は、森林を再生し「トラを育むことができる大きさ」に戻すことである。


 森が小さくなれば、餌となる動物も少なくなり、トラは生きていけないのです。トラは生態系の中で食物連鎖の最上位の動物で強そうに見えますが、じつは生態系の変化に最も弱い生き物なのです。トラを守るということは、つまりその地域の貴重な生態系全体を守るということであり、トラだけを守ることはできないのです。

 同じ章の「年4万種が絶滅の危機を迎えている?」で話題とされるのは生物多様性の大切さだ。
 三十数億年前に、すべての生物にとって「共通の祖先」が生じ、多様な進化を遂げてきたという。現代では「毎年約4万種の生物が絶滅している」と推定される。生物の多様性を維持するには、動物や植物、菌類などの「種の多様性」だけでなく、より小さな「遺伝子の多様性」と、生物を育むより大きな「生態系の多様性」についても考えなくてはならないと、本書は説いている。


 動植物から食料が得られるし、植物の光合成で酸素がつくり出されるし、水が浄化されるし、植物の水分調節のはたらきで気候が調節されています。世界の薬の4割は動植物など自然界から採取したものをもとにしています。これらは、いわゆる“"自然の恵み”です。
 したがって、生物多様性の劣化は人類の生存にも不利益が生じると考えられるのです。

 本書では、さまざまな生物の「不思議」が、分かりやすく解説される。子どもから大人まで楽しく学べる好著である。


プロフィール

左巻健男(さまき たけお) 1949(昭和24)年生まれ。法政大学教職課程センター教授。雑誌『理科の探検(RikaTan)』編集長。
青野裕幸(あおの ひろゆき
 1962(昭和37)年生まれ。公立中学校理科教諭。雑誌『理科の探検(RikaTan)』副編集長。