左巻健男&理科の探検’s blog

左巻健男(さまきたけお)&理科の探検(RikaTan)誌

かるめ焼き名人を訪ねて(20余年前のカルメ焼き取材記)

 20年ほど前に出した子ども向けの実験本に入れた「カルメ焼き取材記」である。
 いま八高線で川越に向かっている。
 ちょっと思い出し、川越で店がどうなっているかを見ようと思う。



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かるめ焼き名人を訪ねて


1.「プロ」への道

 ぼくは自称「かるめ焼きのプロ」である。「プロ」になるまでには,幾多の苦難を乗り越えてきた。
 手さぐりで,何回も,いや何百回も重ねた失敗・・・なべは,お玉では駄目で専用の銅製のものでなければならないのではないかと探し回った日々・・・文献を探した日々・・・お祭りで,じっと見入ったかるめ焼きの露店。
 この苦しい日々は,かるめ焼きでは「砂糖液の温度がポイント」という記述の載っている文献を見つけたことで好転した。
 山岸尚子さんと二人で続けたかるめ焼きの方法探究の道のりは,2年間という長丁場だった。
 今では,どうして失敗していたかがよくわかる。砂糖液を火から下ろし,重曹(+α)を入れるタイミングが大変微妙なのである。温度計で砂糖液の温度をはかって,そのタイミングをとってみてわかったことだ。だいたい125〜135℃の温度範囲で火から下ろさないとふくらまないのだ。
 温度をはかる方法を紹介したら,教材としてのかるめ焼きは中学校の理科教科書にも載るようになったし,方法にバリエーションが生まれてきた。
 理科教育界で教材として使えるかるめ焼きを紹介し,授業でも何回も扱っていることから,ぼくは自称「かるめ焼きの伝道師」であり,「かるめ焼きのプロ」と言えるであろう。


2.本物のプロを訪ねて

 ぼくは,「プロ」といっても,まだ温度計無しでは失敗することがある。
 前々から「ここにかるめ焼きのプロがいる」という情報を得ていた。その人が,今回訪ねた吉岡治平さんである。
 吉岡さんは,川越(埼玉県)の「菓子屋横丁」で,昔から製菓業を営んでいる。
 電話をおかけしたらおばあちゃんが出られた。
 「かるめ焼きは,たまにしかやっていないんですよ。でも,先生が来られるなら,やって見せましょう。」
 ぼくは,この日のために新型の一眼レフカメラ(APS)を買った。
 訪ねたとき,吉岡さんは仕事場でせっせとかるめ焼きをつくっていた。
 高齢(88歳)のため,目や耳がが悪いという。話は,おばあちゃんから伺った。
 「砂糖は,黄ザラメに少量の赤糖(粉末黒砂糖)に水を入れて,砂糖液をつくっておく。黒砂糖を入れると,“足が重くなる”なるんですよ。」
 「“足が重い”って,固くなるってことです。ふくらみは,悪くなるんですが,目が細かい,しっかりしたものができるんです。他の店に卸すときも,しっかりしているから割れにくいし,味もよくなるんです。」
 「あるところのお米屋の主人が,テレビで見たといって,教えてくれ,って来たことがあります。その人,ここでやってできるようになって帰ってやったら,うまくいかない。何でも,地区のお祭りでかるめ焼きをやるって言ったので,必死だったみたいです。うまくいかないから,自分が使っている砂糖など使ってやってみってくれって,持ってきました。それで,帰ったらできたって電話がありました。」
 「数年前までは,うちでは失敗はなかったんですよ。でも,目が悪くなったら,たまに失敗することもあります。」
 ぼくは,ふくらみすぎないように,つまり“足を重くしている”ことが新鮮だった。商品としては,ふくらみすぎるのはよくないのだ。
 仕事場を見学する。
 連続して作業できるように,次々となべを電気コンロから炉へ,と移していくが,ここ
では,1つのかるめ焼きができる順序を見ていこう。
 予めつくってある砂糖液(直径20センチくらいのなべに入れてある)をかるめ焼きのなべの3分の1くらい入れる。それを電気コンロにおく。2分くらいあたためたら,炉に移す。炉は,泥をこねて自作したもの。ガスコンロにおいてある。見たところ炉を使うことで,熱が逃げないようにするだけではなく,ガスの炎で直接加熱するのではなく,輻射,つまり赤外線で加熱しているようだ。
 ぼくが見るところ,泡がきれのよい状態から泡が粘っこくなり,さらに細かい泡に変わったときに炉からあげる。置いたとき,安定性があるようにお手製の台が机に固定してある。その台におく。ちょっとかき混ぜてから,小豆粒くらいの重曹+卵白を入れ,太い木の棒でかき混ぜる。たくさんのきめの細かい泡ができているのだろう。全体がうすい褐色になる。混ぜている時間は,30くらい数えるほど。棒を抜くとふくれてくる。最後は,適度にひび割れている。
 ふくらんだかるめ焼きのなべをちょっと熱してから,なべをあけるとかるめ焼きのできあがり。
 菓子屋横町の15店のなかで,「かるめ焼き」をうたっているのは,吉岡さんの吉仁製菓店だけ。
 おばあちゃんは,言う。
 「なべ1つの砂糖液で,40個まではできないねえ。それで,1時間ちょっとはかかるよ。」
 「露店で遣っている若い人は1度に4個も5個もつくるけど,もう歳だからそういうわけにはいかないねえ。でもねえ,のれんにかるめ焼きって入れてあるし,ときどきつくるんだよ。儲からないけどねえ。うちのはおいしいって言ってくれるし,・・・」
 「息子は,はじめ一緒にやってたんだけど,この仕事は水物だからねえ。辞めて勤め人になったよ。」
 ぼくは,店先に2個入りで2百円で売っているかるめ焼きに,こんな苦労が隠されているとはみんな知らないだろうな,と思った。1時間以上かかって38個つくっても売値は3千8百円なのだ。これから砂糖代やら何やら引くといくらの儲けになるのだろう。
 でも吉岡さんは,88歳とは思えない手つきで次々とかるめ焼きをふくらましていく。
 その顔には,職人さんの輝きがあった。