左巻健男&理科の探検’s blog

左巻健男(さまきたけお)&理科の探検(RikaTan)誌

「虫食い野菜・果物は健康にいいか? - 農薬と有機農法」by左巻健男 

●虫食い野菜・果物は健康にいいか? - 農薬と有機農法


○完全無農薬栽培の「奇跡のリンゴ」という物語
 有機農法有機農業、有機栽培)とかオーガニックと聞くと、「安全・安心」「健康によい」「環境にやさしい」「おいしい」というイメージを持つ人が多いようです。
 私は、学力的に劣等生の子どもでしたが、小学国語の教科書に、虫食いのリンゴの話があったのを覚えています。虫が食べるほどだから低農薬で安心だし、おいしいという内容でした。


 この教科書に載っていた話は、「奇跡のリンゴ」の話と重なりました。
 「奇跡のリンゴ」とは、青森県のリンゴ農家・木村秋則が絶対不可能といわれていた完全無農薬リンゴ栽培に成功したという話です。

 

 石川拓治『奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家・木村秋則の記録』(幻冬舎 二〇〇八)がベストセラーになり、さらに二〇一三年には、映画にもなりました。
 木村秋則は、妻美栄子が年に十数回もリンゴの樹に散布する農薬に蝕まれたことを機会に、無農薬によるリンゴ栽培を決意しました。
 一〇年の歳月がたってもリンゴが実ることはなく、窮地に追い込まれた秋則はついに自殺を決意、一人で岩木山に向かいます。すると、彼はそこで自生した一本のクルミの樹を発見。害虫にやられていない樹木を見て、この土壌と同じようにすればリンゴでも同じことが考えられるのではないかと思いました。
 その年の秋、小さな実が成り、リンゴが収穫されました。美栄子たちはそのリンゴを食べ、おいしいと喜びました。一一年目になると、秋則は無農薬リンゴを発売できるようになりました。

 

 「ワサビの抗菌成分を利用した樹木用の塗布剤」なるものを利用しています。これは農薬登録されていませんが、このようなものを使って無農薬といっていいのか疑問です。


 木村秋則は、その後に出した著書『百姓が地球を救う』(東邦出版 二〇一二)で、「自然栽培で育った自然治癒力を持ったリンゴや野菜、おコメが、人間の治癒力に好影響を与える」「食べ物が大きな原因のひとつといわれる糖尿病やアレルギー、ガンなどの病気になる恐れが少なくなるでしょう」「日本ではガンによる死者が年々増えています。これだけ医学が進歩しているにもかかわらず、です。一方、アフリカなど発展途上国にガン患者が少ないという話はよく聞きます。つくづく考えてしまいます。農薬・肥料を使わない、自然界に自生しているものを食べている国の人たちのほうが、本当は豊かな食を得ているのではないか」などと述べています。

 

 その木村秋則は二〇一五年末頃から体調が悪化し、二〇一六年一〇月胃がんを診断され、胃を切除する手術と化学療法を受けています。この胃がん手術後の木村秋則の体重はなんと二九キログラムだったとのことでした。標準治療が功を奏したか現在は講演活動もしているようです。
 彼は、「無農薬にこだわり自然米だけを三〇年以上食べてきたのでがんがこの程度で済んだ」と述べています。 

 

 私の家は、農家でしたから、農作物の病気や害虫による食害、雑草などの対策が大変なのを知っています。その後長じて大学・大学院で化学を専攻し、中高で理科・化学を教えるようになりました。そんな私は、漠然と「虫食い野菜・果物は、虫が食べるほどだから安心」と思っていました。
 ある事実を知るまでは。

 

○エイムズ・テストの考案者エイムズ博士の論文の衝撃
 「ある事実」とは、虫の食害に対抗するために、野菜自身が多種類の防虫成分(天然農薬)をつくり出すということです。
 天然農薬は、毒性学の第一人者であるカリフォルニア大学バークレー校のブルース・エイムズ教授が一九九〇年に米国科学アカデミー紀要に発表した論文で有名になりました。エイムズ教授は、サルモネラ菌を使って、わずか三日程度で化学物質の変異原性を調べられる「エイムズ・テスト」の考案者で、発がん性物質の研究者として世界でもっともよく知られているうちの一人です。

 

 エイムズ教授らは、一九八七年、『サイエンス』誌に、「考えられる発がん危険性のランキング」と題した論文を出しました。
 この論文で「三九二種類の化学物質について動物実験を行った結果、合成化学物質の六〇 %、天然化学物質の四五 %に、少なくとも一種類以上のげっ歯動物に発がん性が確認された」として、それらについての「発がん危険性」ランキングを示したのです。
 それによると水道水のリスクを一として、DDE(DDT代謝物)やEDB(二臭化エチレン。米国で農業用殺虫剤として使用されていたが、発がん性があるとされ、使用が規制された)は〇・三と〇・四、ピーナッツバターが三〇で、生のマッシュルーム(キノコの仲間)が一〇〇となっています。つまり、使用禁止にされた合成化学物質よりも、一日一個のマッシュルームを食べる方が、はるかに発がんの危険が大きいとされたのです。

 

 この報告は論争をよびましたが、エイムズ教授は、論争の中で、「人間が摂取する植物中の発がん性物質のうち、天然化学物質の割合が極めて高い」と指摘しています。それらを、昆虫や菌類などの病害虫・病害菌から身を守るための「天然農薬」と表現しています。マッシュルームには、発がん性物質として、天然の殺虫成分ヒドラジンを含んでいます。論争は、エイムズ教授らのデータ処理で合成化学物質のリスクを過小評価しているなどで、天然農薬の存在は否定されていません。

 

 エイムズ教授は、私たちのまわりにある危険な物質として、合成化学物質に目が行きがちですが、それ以上に危険なものが、自然界にちゃんと調べられないままに放置され、安全だと信じられていることに警鐘を鳴らしたのでした。たとえば、キャベツでは、天然農薬あるいはその代謝産物として、インドール化合物群、シアナイド群、テルペン類など六群四九種類も発見され、その一部には、発がん性が認められました。
 虫の食害を受けると、天然農薬の分泌量は爆発的に増えるといいます。エイムズ教授らが天然農薬のうち五二種類を調べたところ、二七種類は発がん性物質でした。その中にはパセリなどのメトキサレン、キャベツなどのアリルイソチオシアネート、ゴマのセサモールなどがあります。

 

 どんな野菜も、農薬を使って育てた野菜の残留農薬よりも、はるかに多量の天然農薬を含んでいるといいます。無農薬で育てた野菜のほうが虫の食害などで天然農薬が多くなっているとも考えられます。とくに現代の農薬は適正に使用すれば残留はないですから、農薬のリスクは、多量の天然農薬のリスクからすると心配するほどのものではないでしょう。

 

 そのほか、虫の食害を受けた野菜の傷口にカビがはえて、そうとは知らずに口にしてしまうと、カビ毒の影響を受ける可能性もあります。「虫食いこそが無農薬の証拠」というセールストークをいう有機農法関係者がいますが、虫食い野菜・果物は健康上のリスクが高まります。虫食いがあるのは畑の管理が悪く虫が多い環境をつくっている、窒素肥料が多すぎて作物の体内の硝酸濃度が高くなり、虫が好むにおいを発して虫が集まってきてしまっている可能性もあります。

 

有機農産物は栄養はすぐれているか? 健康によいか、?
 二〇〇九年七月、英国食品基準庁(FSA)が、有機食品と一般の食品とで栄養成分や健康の影響に大きな差がないという研究結果を発表しました。有機食品と一般の食品と栄養成分にわずかな差はあるけれども公衆衛生上は意味があるレベルではないというのです。
 これはFSAがロンドン大学公衆衛生学・熱帯医学大学院に委託した研究で、過去五〇年間の関連する論文を極めて包括的で綿密にシステマチック・レビューした結果です。
 この発表は欧米のメディアが大きく取り上げ、すぐに大騒ぎになりました。欧米の有機食品市場は巨大ビジネスになっていますから、非常にインパクトが大きかったのです。メディア上や各地で大激論が起き、有機農業関連団体はFSAと研究者を批判し、論文執筆者のメールアドレスには異論・反論・読むに堪えない嫌がらせのメールが殺到したということです。
 どう作っても同じ種子から育てたとき、有機農法でも普通の農法でもちゃんと作れば味も栄養も変わらないのは当然です。

 

○そもそも有機農法とは?
 日本で有機農法による米(有機米)が公認される制度ができたのは一九八七年。米以外は、表示の規制がありませんでしたから、「有機」などと何にでもうたった農産物が数多く流通したことがありました。齋藤訓之『有機野菜はウソをつく』(SB新書 二〇一五)の表現を借りれば、いわば一九九〇年代は、有機バブルの世界でした。極端に言えばだれかが「これは有機です」と言えば、「その人が認めた有機農産物」で通ってしまったのです。

 

 そこで国内の有機農産物の無法地帯化を是正し、何かルールを作るという流れになりました。一九九九年に、日本農林規格などに関する法律(JAS法)ができた後、有機JAS認証により有機農産物や有機加工食品に適合していると有機JASマークを付して表示できる制度になりました。有機JASの制定によって、有機農産物の流通量は増えました。

 

 有機JASでは、化学合成農薬は使えませんが、天然物由来の殺菌剤や殺虫剤などは使用が許可されています。このため、有機農産物に無農薬の表示をすることは禁止されています。
 もちろん、科学的に考えれば、天然物由来の農薬だから安全、逆に化学合成農薬は化学合成だから危険とは一概にいえません。

 

 実は、有機農法については単純明快な定義がありません。日本では「有機農業の推進に関する法律」(二〇〇六年法律第一一二号)の第二条において、次のように定義されてはいます。
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 化学的に合成された肥料及び農薬を使用しないこと並びに遺伝子組換え技術を利用しないことを基本として、農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法を用いて行われる農業。
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 しかし、この定義があいまいなことは、「基本として」や「できる限り低減」という表現が使われていることからも明らかです。

 

 齋藤訓之『有機野菜はウソをつく』では、“今一人でも多くの消費者が「有機農産物であること」にこだわることをやめたなら、まずその人が、おいしく、健康によく、安全で、環境によい農作物をもっと自由に選べるようになりますし、多くの生産者、食品メーカー、流通業、小売業、外食業が気付いている今日の農業が抱いているもっと大きな可能性を屈託なく花開かせることにエネルギーを与えることができるはずです。
 そのような新しい食と農業の世界が一日でも早く訪れることを祈ります」としています。
 私たちは、有機農法、慣行農法にこだわらずに健康な野菜を見分けることができる判断力を持ちたいものです。