左巻健男&理科の探検’s blog

左巻健男(さまきたけお)&理科の探検(RikaTan)誌

ゆっくり調べなくては…脚気の原因は白米?

 ポルマー他『健康と食べ物 あっと驚く常識のウソ』(草思社)に、「脚気の原因は白米?」という見出しの項目があった。
 そこで示されているいくつもの事柄が事実なら(ぼくには事実のように思える)、脚気の原因は、白米に欠けているビタミンB1ではなく、カビ毒ということになる。とはいえ、ビタミンB1との関連はあり、カビ毒への解毒剤らしい。
 そこで、ネットで検索してみたら、このことで議論にもなっていた。しかし、どうも専門家の議論ではなく、ずれているように思った。というのは、上記の本などの内容を単純化して紹介したものを叩いているように思えて知的生産性が感じられなかったからだ。ぼくの理解力が弱いからかもしれないが。
 ぼくには、板倉聖宣『模倣の時代 上下』(仮説社)を読んだとき以上の知識はなかったので上記の本は新鮮だった。
 次の本も入手したい。著者は微生物学の専門家。
 森鴎外の時代に陸軍で脚気の死者がたくさんでたが、それは主に「衝心性脚気」なのだろうか。
 化学物質本2冊の一次原稿の締切は2月末になったので少し勉強してみたい。 

───────────────────────────
辰野高司『カビがつくる毒 日本人をマイコトキシンの害から守った人々』(東京化学同人

序章 カビとカビ毒
第1章 カビとは何か
第2章 輸入したお米にカビが生えていた。食べても大丈夫?
第3章 現在までに知られているマイコトキシン
第4章 黄変米と脚気
第5章 「黄変米事件」のカビ米
第6章 最強の発がん性カビ毒・アフラトキシン
第7章 麦の赤カビ病菌がつくる毒・トリコテセン
第8章 その他のカビ毒研究と素晴らしい先輩たち
終章 カビ毒研究に従事してきて感じたこ

昭和12年の台湾産のカビ米の調査の際、日本国内の米も調べたところ、各地の国産米からも同じ菌が見つかりました。日本にもカビ米中毒があったはずだと考えた学者が調査したところ、シトレオビリジンの中毒症状が白米由来の病気である「衝心性脚気」に酷似していることが判明しました。

脚気は江戸時代の元禄期に、裕福な人が米を精米して食べはじめた頃に始まった病気ですが、衝心性脚気は、享保年間に精米技術が向上して、庶民の口にも白米が入るようになった頃に登場しました。折しも交通網が整備され、米の全国流通が始まった時期でもあります。普通の脚気では急死することはほとんどないのに比べ、衝心性脚気は発症後3日ほどで呼吸麻痺で死亡してしまいます。

明治時代になると、米が商品として扱われるようになり、悪質商人が目方を増すために海水につけた「沢手米」(もちろん、カビてしまう)が庶民の間に流通するようになり、同時期さらに衝心性脚気が猛威をふるいました。やがて明治末期から大正期、国による米の公の検定が始まり、1911年には大部分の米産地が行政上の調節を受けるようになりました。品質管理、米の湿度や保存の温度管理が徹底されるなかで、衝心性脚気は激減し、昭和初期にはほとんどなくなっていきました。

脚気および衝心性脚気は、1911年のビタミンB1の発見とともに消えたといわれていたのですが、実際にビタミンB剤が大量に生産され、庶民に使われ始めたのは昭和25年頃からのことなので、時期が合いません。このことから、日本で猛威をふるっていた衝心性脚気は、ビタミンB不足による脚気とは異なる病気であり、米のカビ毒による中毒ではないかと考えられ、疫学的調査なども行われました。