1.科学のように見える
ニセ科学(疑似科学やエセ科学ともいわれる)が世の中にあふれています。ニセ科学は、「科学っぽい装いをしている」あるいは「科学のように見える」にもかかわらず、とても科学とは呼べないものを指しています。科学への信頼性を利用し、科学用語をちりばめながらわかりやすい物語をつくって、ニセ科学へ誘っています。
私は、もともとは中学校・高等学校の理科教諭。生徒とたのしくわかる理科の授業に悪戦苦闘し、現場からの理科教育の研究を発信しようとしてきたつもり。
今は大学の教員として小中高の理科教育、一般の人の科学リテラシーの育成を専門にしています。
現代の変動の激しい高度知識社会で必要とされる知識は、理科の関係では、科学リテラシーといわれます。リテラシーというのは、もともと「言語の読み書き能力」でしたが、基礎的な科学知識の重要になった現代にあって、科学リテラシーが誰もが身につけてほしい科学を読み解く能力として登場してきました。
そこで、私は、現代では、「読み・書き・そろばん」だけでは不足だと考えて、「読み・書き・そろばん・サイエンス」を主張しています。そんなことからニセ科学も研究対象にして、大人のための理科の季刊雑誌『理科の探検』(愛称RikaTan)誌を仲間と共に発行したり本を書いたりしてニセ科学に警鐘をならしています。
理科の土台になっている自然科学は、素粒子の世界から宇宙の世界までの秘密を探究し、世界がどうなっているか(自然像)を明らかにしつつあります。自然科学は、重要な人類の文化の一つであり、論理性や実証性が特徴です。自然科学でわかっていないことも膨大にありますが、わかってきたことも膨大にあり、疑いのない真実の基盤は増え続けています。
本エッセーでは、科学リテラシー育成の観点から、テーマの中心をニセ科学にすえて、その具体例を通して、ニセ科学に財布や心を狙われないようにするにはどうしたらよいかを考えあいたいと思います。
2. マイナスイオン
大企業も巻き込んだニセ科学に「マイナスイオン」があります。マイナスという数学用語にイオンという科学用語が結びつけてあるから、そういう科学用語があるように思ってしまうかもしれません。しかし、こんな科学用語はないのです。
どうも日本人がつくった和製英語のようなんです。
科学用語に中学校理科や高校化学の教科書にも出てくる「陰イオン」があるのですが、マイナスイオンは、それとはまったく別物です。
正体もはっきりしません。多くのマイナスイオンを出す機器は、負の高い電圧(数千ボルト)をかけて電子を飛び出させて、その電子を酸素分子や水分子にくっつけるというものです。イメージとして、機器の発生口から電子がくっついて負の電気をもった何らかの微粒子が出ているという感じです。
テレビ番組がマイナスイオンブームの火付け役でした。1999年から2002年にかけてマイナスイオンの特集番組で、マイナスイオンの驚くべき効能がうたわれたのです。プラスイオンを吸うと心身の状態が悪くなるのに対し、マイナスイオンは、空気を浄化し、吸えば気持ちのいらいらがなくなり、ドロドロ血ではなくなり、アトピーにも高血圧などにも効く、つまり健康によい、とされました。番組の説明は、科学的な根拠のないニセ科学でしたが、それでもマイナスイオンは流行語となりました。
大企業もマイナスイオンあるいはそれに似たことをうたって商品を出しました。エアコン、冷蔵庫、パソコン、マッサージ器、ドライヤーや衣類・タオルなどまで広い範囲の商品がマイナスイオン発生をうたいました。
マイナスイオンなるものの実体がはっきりしない、健康によい証拠はない、ものによっては有害なオゾンや窒素酸化物を発生するものもある、などの批判で、ひと頃のブームは終わっています。それでもマイナスイオンがニセ科学であることを知らない消費者をねらって、インチキ商品などの購買意欲をさそうのにいまだに「マイナスイオン」は利用されています。
もう「マイナスイオンは体によい」というイメージがつくられているので、「マイナスイオン発生」などとうたうだけで、勝手に「体によい」というイメージを持たれるようになっているのです。
国民がもっている科学への信頼感を利用して、科学的な装いをした説明で商品を売りつけようとするニセ科学が跋扈(ばっこ)しています。
3. 水が言葉を理解する
学校にニセ科学が入り込んでいます。
学校の「道徳」の授業などで、容器に入った水に向けて「ありがとう」と「ばかやろう」の「言葉」を書いた紙を貼り付けておいてから、それらの水を凍らすと、「ありがとう」を見せた水は、対称形の美しい六角形の結晶に成長し、「ばかやろう」を見せた水は崩れた汚い結晶になるか、結晶にならなかったという話がされています。びんに入れたご飯に「ありがとう」「ばかやろう」という言葉をかけるというバージョンもあります。
この話は、「水が言葉を理解する」「水はなんでも知っている」という内容の水の結晶の写真集などで紹介されました。
もともとはさまざまな「波動」商売の一環として出版されたものでした。「波動」商売とは、「波動測定器」で診療まがいなことをする波動カウンセリング、よい波動を転写したという高額な波動水(波動共鳴水など)の販売などです。そこには、まったく科学的根拠はありません。私は「EM菌」などとともに「波動系ニセ科学」に分類しています。
この話を信じる人たちは、「実験をして、写真を撮ったのだから科学的だ」と思ったのでしょう。しかし、ニセ科学の代表例ともいえるものです。
学校の教員のなかには、「水は、よい言葉、悪い言葉を理解する。人の体の6、7割は水だ。人によい言葉、悪い言葉をかけると人の体は影響を受ける」という考えは授業に使えると思った人たちがいます。子どもたちの道徳などで、写真集の結晶の写真を見せながら、「だから『悪い言葉』を使うのはやめましょう」という授業が広まりました。本や雑誌やネットで、この授業を広めた教育団体もありました。
科学者側などからの批判が高まっていきました。私も『水はなんにも知らないよ』(ディスカヴァー携書・本と電子書籍)を出して、そのニセ科学を批判しました。
きれいな結晶、汚い結晶の写真は本物でも、水が言葉を理解したからではありません。「ありがとう」水ではきれいな結晶になったときに、「ばかやろう」水は崩れているときに写真を撮ったからです。
言葉の善し悪しは水に決めてもらうことではないし、そもそも水に言葉を理解できるはずもありません。「ばかやろう」という言葉だって状況によってはとても愛に満ちているときもあるのです。
この授業は、教育界に広がったままです。いまもどこかの学校でニセ科学をもとにした授業が行われているかもしれません。
4. EMとはなにか
私が編集長をしている『理科の探検(RikaTan)』誌2014春号は、「ニセ科学を斬る!」を特集しました。そこに、「EM団子の水環境への投げ込みは環境を悪化させる」(松永勝彦)と「EMのニセ科学問題」(呼吸発電)という二つを取り上げています。本号は発行元のSAMA企画に在庫があります。
EMは有用微生物群の英語名の頭文字です。本当に有用かどうかははっきりしません。そう名づけただけだからです。中身は乳酸菌、酵母、光合成細菌などの微生物が一緒になっている共生体ということです。何がどのくらいあるかという組成がはっきりしていません。
最初に商品化されたのは土を改良する農業資材としてでした。その有効性をめぐって何かと論議をよびました。その後、生ごみ処理、水質改善、車の燃費節減、コンクリートの強化、あらゆる病気の治癒などに効果があるというようになり、さまざまな商品があります。そこにはニセ科学的な面が多々あります。
開発者によると、EMは「常識的な概念では説明が困難であり、理解することは不可能な、エントロピーの法則に従わない波動の重力波」が「低レベルのエネルギーを集約」し「エネルギーの物質化を促進」する、「魔法やオカルトの法則に類似する、物質に対する反物質的な存在」であり、「1200度に加熱しても死滅しない」で、「抗酸化作用・非イオン化作用・三次元(3D)の波動の作用」をもつとしています。「EMは神様」だから「なんでも、いいことはEMのおかげにし、悪いことが起こった場合は、EMの極め方が足りなかったという視点を持つようにして、各自のEM力を常に強化すること」を勧めます。EMはあらゆる病気を治し、放射能を除去するなど、神様のように万能だというのです。
EMを河川や湖、海に投入するような活動が、環境負荷を高めてしまう可能性が強いのに行われています。その延長線上では、健康のためにと「EM・X GOLD」という高額(500ミリリットル4500円)の清涼飲料水を飲む「EM力を強化する生活」が待っています。
このようなニセ科学にひっかからないためには、「たった一つのもので、あらゆる病気が治ったり、健康になったりする万能なものはない」「お金がかかり過ぎるのはおかしい」「ネットや本などでまともな情報を調べてみる。結構、情報がある」ことに留意しましょう。だまされないための基本は「知は力」ということです。ニセ科学に引っかからないセンスと知力―科学リテラシー(科学の常識)が求められます。
(以上)
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*以上の内、四回目の反響が大きかったと言うことで番外フォロー編を依頼されました。それが次です。
「ニセ科学の正体」への反響を受けて
左巻 健男
土着微生物の活用を
水曜エッセー(ニセ科学の正体)の連載でもっとも反響があったのは、最終回に扱った「EM菌」についてでした。「EM菌」は、株式会社EM研究機構の商品群EM」の通称です。特定企業の商品だということに留意してください。
EMは自然界に普通に存在する雑多な菌の集まりですが、少なくとも乳酸菌の仲間が含まれていることは確認されています。ということで乳酸菌の働きはあるわけです。でも、私は生ごみ処理には土着の微生物を生かすことをお薦めします。
本紙の読者やそのまわりにもEMで生ごみを処理したり、畑の土をよくしようとしている人、川や海の水質をよくしようとEM団子やEM活性液を投げ込む活動をしている人もいることでしょう。
これらの活動に助成金を出している自治体が全国にあります。学校でもEMを用いた環境教育が、TOSSという教育団体(代表は日本教育再生機構代表委貞でもある向山洋一氏)によって広められました。
だからこその反響だったのでしょう。私が編集長をしている『理科の探検(RlkaTan)』誌2014年春号(特集・ニセ科学を斬る!)に、「EM団子の水環境への投げ込みは環境を悪化させる」(松永勝彦北大名誉教授)などEMについての二つの批判記事があるということで、発行元の(株)SAMA企画に注文が舞い込みました。
効果まちまち
EMとは、元々は世界救世教という新興宗教が関係した微生物資材(農業用)でした。今も世界救世教関連の自然農法国際研究開発センター」が設立した(株)EM研究所が微生物資材を製造しています。農業用では効果があったりなかったりのようです。
松永勝彦氏は教授時代に、北海道庁のある部長から枯れ葉分解がEMで速くならないかの実験依頼を受け、1年間、好気性、嫌気性の二つの状態で実験をしたが効果が見られなかったといいます。また河川の悪臭とヘドロ化の原因を考えると、米ぬかをふくむEM団子の投入はもってのほかといいます。EM団子などは高濃度有機物をふくむので環境汚染源になるということは広島県と福島県が指摘しています。
行き着く先は
今や、開発者は、「EMは神様」として、車の燃費節減、コンクリートの強化、鳥インフルエンザや口蹄疫に効果、放射性物質を取り除く、あらゆる病気の治癒などに効果があるというようになりました。もちろん効果は疑問ですが、「効くまで使いなさい」という指導がなされます。EMに囲まれた場所は「結界」(宗教用語=聖なるものを守るためのバリア)になり、たとえば台風の被害は少なくなるというなど、本当にニセ科学そのものです。
私は、その行き着く先は、EM教信者として、さまざまなEM商品群を購入し、それらで囲まれた「EM生活」だと思います。
(さまき・たけお 法政大学教授)