左巻 健男(法政大学生命科学部環境応用化学科)
●ニセ科学とは何なのか
(1)ニセ科学=科学ではないのに科学の振りをしているもの
ニセ科学とは、科学の専門家かから見て科学ではないのに、「科学っぽい装い
をしている」あるいは「科学のように見える」にもかかわらず、とても科学とは
呼べないものを指します。ニセ科学は、疑似科学やエセ科学とも呼ばれますが、
基本的に同じです。
(2)あれもこれもニセ科学
ニセ科学には、どんなものがあるでしょうか。マイナスイオン、トルマリン、
ゲルマニウムなど「波動」系、血液型性格判断、EM(部分的には科学の面
も)、デトックス…と程度の差はありますがニセ科学が世にあふれています。
●ニセ科学は、商品の高額化やインチキ商品の説明に利用される
マイナスイオンを例にしてニセ科学がどう利用されるかを見てみましょう。
マイナスイオンは、まず化学で学ぶ「陰イオン」とはまったく別物です。科学
を広く眺めてみると一番近いので大気科学の「負イオン」です。「滝ではマイナ
スイオンがたくさん発生している」というときのマイナスイオンは、この「負イ
オン」ですが、それが健康にいいかどうかは根拠はありません。
「納豆ダイエット」でねつ造が発覚して大問題になったテレビ番組「発掘!あ
るある大事典」(フジテレビ系)がマイナスイオンブームの火付け役でした。
1999年から2002年にかけてマイナスイオンの特集番組で、マイナスイオンの驚く
べき効能がうたったのです。プラスイオンを吸うと心身の状態が悪くなるのに対
し、マイナスイオンは、空気を浄化し、吸えば気持ちのいらいらがなくなり、ド
ロドロ血ではなくなり、アトピーにも高血圧などに効く、つまり健康にいい、と
いうのです。番組の説明は、もちろん、科学的な根拠のないニセ科学ですが、そ
れでもマイナスイオンは流行語となりました。
インチキ商品でも何でもばんばん売って儲けようという人たちは飛びつきまし
た。ついには、名の知れた会社もマイナスイオンあるいはそれに似たことをう
たって商品を出しました。エアコン、冷蔵庫、パソコン、マッサージ器、ドライ
ヤーや衣類・タオルなどまで広い範囲の商品がマイナスイオン発生をうたいまし
た。ゲルマニウムやチタンのブレスやネックレスが「マイナスイオンが出るから
健康によい」という宣伝がなされています。トルマリン入りの商品やトルマリン
を使った水や磁石を使った水の処理器械もマイナスイオンをうたっています。こ
れらには健康によいという根拠はありません。
マイナスイオン商品には、マイナスイオン測定器なるもので測定したという
1cm^3あたり数十万個などという数値がよくついていますが、空気の分子数と
比べると本当に微々たる数値であることにも留意しましょう。
マイナスイオンなるものの実体がはっきりしない、健康によい証拠はない、も
のによっては有害なオゾンを発生するものもある、などの批判で、ひと頃のブー
ムは終わっています。それでもマイナスイオンがニセ科学であることを知らない
消費者をねらって、マイナスイオンは、インチキ商品などの購買意欲をさそうの
にいまだに利用されています。
●健康分野、とくに水のビジネスやがんビジネスで蔓延するニセ科学
ニセ科学は、とくに健康をめぐる分野でまん延しています。水に限っても波動
水をはじめとして、トルマリン水、マイナスイオン水、ナノクラスター・ゲルマ
ニウム水など「あらゆる病気に効く」とアピールし、ニセ科学で消費者を釣って
高価なものを買わせようとするものがあります。
アトピーが治る、がんにならない、がんが治る、など病気の不安心理につけ込
み、ニセ科学の衣で科学っぽい雰囲気を出し、体験談で治った事実があるかのよ
うにして、怪しい健康情報がテレビや新聞・雑誌などのメディアを通して迫って
きています。
健康分野では、とくに患者のわらにもすがる心理につけ込んで様々な「免疫力
アップ」という言葉でアガリスクなどの商品を売り込む「がんビジネス」があり
ます。02年の厚労省の調査ではがん患者が代替医療に使っている金額の平均は月
5万7千円に及びます。
大手の新聞の一面に並ぶ、いわゆるバイブル本の数々。そこには「がんが消え
た!なおった」という文字。バイブル本には次のような共通した特徴が見られます。
・万能性(どんな病気にも効く)をアピール。/・がんやアトピーなどが治った
という体験談をアピール。/・医師、医学博士や大学教授などのお墨付きをア
ピール。
このような本を手に取る人は、もっと健康になりたい人や健康上の不安をもっ
ている人です。バイブル本では、その不安を拡大するような「つかみ」をしてか
ら、解決方法や体験談を列挙して読者をその健康食品や健康法に期待させていき
ます。巻末などに健康食品の販売会社や医療機関、健康法の連絡先が記載されて
います。
●ニセ科学にだまされる背景−科学は大切、しかし興味関心無し
わが国の大人の傾向として、科学はわからないけど科学は大切だと思っている
ということがあります。そこで一見科学っぽいものに惹かれる傾向があります。
科学と無関係でも、論理などは無茶苦茶でも、科学っぽい雰囲気をつくれれば、
ニセ科学をほいほいと信じてくれる人たちがいます。ニセ科学がはひこっている
のは、科学への信頼感を利用しているのです。
わかりやすい「物語」に弱い、という面もあります。だます方は「量子力学」
とか「波動」とか科学的めいた言葉をいっぱい散りばめながら、わかりやすい
「物語」を示すので、科学のセンスがないとスーッと入っていってしまうことが
あります。
●薬や食品の有効性を調べる試験のレベル
低いレベル→高いレベル(試験管レベル、動物実験レベルは低い)
培養細胞などを使った試験管での研究→マウスなど動物を使った研究→症例報告
(患者に健康食品を摂取してもらい、どのように変化したかという報告)→ケー
スシリーズ(症例報告と同じことを複数の患者に行ったもの)→コホート研究
(健康食品を摂取している患者の集団を長期的に観察する研究)→オープンスタ
ディ(患者を、健康食品を摂取してもらうグループとそうでないグループに分
け、効果を比較する研究)→一重盲検(患者を2つのグループに分け、1つのグ
ループには効果を調べたい本物の健康食品を摂取してもらい、もう1つのグルー
プには本物そっくりの偽剤(プラセポ)を摂取してもらう。そして、一定期間後
に効果を比較する。医師はどの患者が本物の健康食品を摂取し、どの患者がプラ
セポを摂取しているのか知っているが、患者には知らされていない)→二重盲検
(一重盲県検と同じ方法で効果を比較するが、本物の健康食品を摂取しているか
は、医師にも患者にも知らされていない)→体系的評価 (二重盲検を複数の施
設で実施し、効果を評価する。)
●ベータカロチンの教訓
“活性酸素除去”“抗酸化”“還元作用”などを強調した食品や飲料が販売されてい
ます。水ではナントカ還元水とか活性水素水をうたい文句にする場合が増えてき
ています。 毎日飲む水が抗酸化物質をふくんでいて、過剰な活性酸素を消して
くれるなら健康によい水なのではないかと思わせています。
試験管レベルの実験を元にして、水を電気分解して得た還元水には活性水素(原
子状の水素)が存在し、それが活性酸素を消去するという説があります。しか
し、その活性水素の存在すらはっきりとしていません。また、試験管内で活性酸
素を消す作用があったからと言ってそのままヒトの体内でも成り立つかどうかは
わかりません。
今のところは活性水素の話だけが一人歩きしている状態です。実証もされてい
ない活性水素の存在をさもあるかのような宣伝、本当に健康にいいかどうかわか
らないのに万病に効くという宣伝が、体験談オンパレードでなされています。
抗酸化性で絶対に健康によいと思われたベータカロチンを摂取するとガンにな
りやすいという大規模な試験の結果がありました。ベータカロチンをふくむ野菜
を摂取するのは健康によいという結果があるのに、サプリメントのベータカロチ
ンだけ摂取は危ないのです。
●万能性への疑い
立ち止まって、「そんな一つ二つのもので魔法のように健康になれるものがあ
るのか」と考えてみましょう。常識は、いつも「毎日のバランスのとれた食生
活、適度な運動、適度にストレスを発散できる趣味などの活動」の重要性を教え
てくれるはずです。
ニセ科学は信じるものではなく批判性を持ってシャレで楽しむものなら問題は
ないが信じ込めばお金を失い、心がとらわれて、ときに人生が左右されます。