左巻健男&理科の探検’s blog

左巻健男(さまきたけお)&理科の探検(RikaTan)誌

ジャコウネコを虐待して世界一高価なうんちコーヒーがつくられる事実

○世界でもっとも高価なコーヒー豆 コピ・ルアク


 2007年公開のヒューマンドラマ映画「最高の人生の見つけ方ジャック・ニコルソン(大富豪エドワード役)とモーガン・フリーマン(自動車工カーター役)がW主演を務めました。
 病院で同室になって、エドワードは、カーターのもっていた、死ぬまでにやりたいことのリスト+自分のやりたいことを実現しようともちかけます。
 カーターは、エドワードが愛飲している高価なコーヒーが、ジャコウネコのうんちコーヒーであるコピ・ルアクであることを知らせます。
 大笑いする二人。それは、リストの中の一つをなしとげたことになりました。リストから「泣くほど大笑いする」を消します。


 コピ・ルアクとはジャコウネコのうんちから採られる未消化のコーヒー豆のことです。「コピ」はコーヒーを指すインドネシア語、「ルアク」はジャワ・ジャコウネコ(以下ジャコウネコ)の現地での呼び名です。
 主にスマトラ島、ジャワ島、バリ島で生産されています。希少品のため、東京では一杯数千円で提供している店もあります。世界で最も高価なコーヒーとして知られています。コーヒーに使うのはコーヒー豆の果実から果皮や果肉を取り除いた種子の部分です。


 インドネシアのコーヒー農園ではロブスタ種のコーヒーノキが栽培されており、その熟した果実は、しばしば野生のジャコウネコにエサとして狙われます。果実には、ジャコウネコが好きな単糖類が含まれています。
 しかし、果肉は栄養源となりますが、種子にあたる部分(コーヒー豆として使用)は消化されずにそのまま排泄されてしまいます。
 現地の農民はそのうんちを探して、中から種子を取り出し、きれいに洗浄し、よく乾燥させた後、高温で焙煎したものがコピ・ルアクとされています。
 一説によると、ジャコウネコ腸内の消化酵素の働きや腸内細菌による発酵によって、コーヒーに独特の香味が加わるといいます。


 ところでジャコウネコは、ネコ、イヌ、クマなどを含む食肉目の仲間です。「食肉」とは肉を食べる者という意味であり、ジャコウネコは、発達した犬歯、裂肉歯、短い消化器官など、食肉目に共通する形質をもっています。

コピ・ルアク、イグ・ノーベル栄養学賞を受賞


 1995年には、イグ・ノーベル栄養学賞をジャコウネコのうんちから集めたコーヒー豆を使って、世界で最も高価なコーヒー(ルアク・コーヒー)の貿易を行っているジョン・マルチネスアトランタ、J・マルチネス株式会社)が受賞しています。
 珍しく、おそらくはデリケートな味のコーヒーを市場にもたらした功績を称えたのです。
 マルチネスは、受賞スピーチの中で、ルアク・コーヒーを称える詩を披露しました。
その最後の四節目は次のようです。

 ルアク、ルアク
 あなたのコーヒーの実を腹に詰めこめば、
 新しい味が生まれる
 ここに集まった人びとは
 あなたのうんちからつくったコーヒーを飲む

 そして、彼が目で合図を送ると、白衣を着た5人のダンサーが会場にあらわれ、授賞式に出席した5人のノーベル賞受賞者(イグ…ではなく本当のノーベル賞)へとルアク・コーヒーの入ったマグを配ったのでした。
 授賞式の司会者も試飲しました。味は「予想していたよりはるかにおいしかった」ということです。

○ジャコウネコを虐待してコピ・ルアク生産の事実


 コピ・ルアクは、主にアメリカ合衆国と日本に出回っていました。
 現在は供給量こそ限られてはいるものの、世界各地で入手できるようになっています。その背景には出荷量の大きな増大があります。


 1995年のイグ・ノーベル栄養学賞受賞の際には、「毎年40~220キログラム(製品取引の性質上、正確な数値を把握するのは難しい)」という状態でした。


 2010年には一トンを超え、今や数十トンともいわれます。


 そうすると、自由に歩き回るジャコウネコのうんちをジャングルで集めて、そこからコーヒー豆を選り分けていたら到底そんな出荷量は無理でしょう。


 イギリスの公共放送機関BBC(イギリス放送協会)は、2013年9月にコピ・ルアク生産の実態を取材したドキュメンタリーを放映しました。


 例えば、BBCはバイヤーの振りをして、インドネシアスマトラ島の農家を訪問しました。そこで見たのは、次のようなことです。

・野生のジャコウネコを乱獲

・狭い檻に入れ、無理やりコーヒー豆を食べさせる
・重傷を負ったジャコウネコも

 ジャコウネコを虐待することでコピ・ルアクが生産されていることがわかったのです。

 他にも、少量の本物があったとしても、それに多量のふつうのコーヒー豆を混ぜたものも販売されているようです。

○中林雅『新動物記4 夜のイチジクの木の上で』(京都大学学術出版会)を読む


 彼女が、小学生の頃から「動物博士」になりたいと思い続け、努力し、ついにボルネオ島熱帯雨林で10年にわたって「シベット」(ジャコウネコ)を研究したことを読みやすい筆致で書かれています。


 彼女は、「はじめに」で次のように書いています。


“近年ではシベットの糞に含まれるコーヒーの種子がシベットコーヒー(コピ・ルワック)として高額で取引されている。シベットの腸内で種子が発酵されて独特の香りと風味をもたらすと謳われているが、シベットの腸内では食物はほとんど発酵しない。
勝手な思い込みで生まれた高額のコーヒーを大量に生産するために、これまた劣悪な環境で多数のシベットが飼育されて問題になっている。”


 そして、次のように続けます。

“シベットは、自らの容姿ではなく、においや糞という自らが排出するいわば副産物に人間を惹きつける要素があるようだ。私はシベットの分泌物の香気を嫌というほど喚ぎ、シベットの糞を飽きるほど見たので、何の魅力も感じない。そもそも私はにおいに敏感なので香水を使用しないし、コーヒーよりも水を好むので、こうした晴好品には興味がない。副産物を目当てにシベットの自由を奪った人々は、シベットを金や名声を獲得するためのツールとして見ていたのだろうか。シベットたちの生態が明らかになれば、そうした人々のシベットを見る目が変わるのだろうか。生態がほとんど知られていないということは、未だ明らかになっていない隠された魅力を発見できるということだ。本書がきっかけとなり、副産物よりもシベット自体の魅力を感じてもらえるようになると、うれしく思う。”


 個人的な彼女との私的なやり取りでも、“シベットコーヒーが特別視される理由のひとつは、ジャコウネコが、単糖類が多く含まれる甘いコーヒーの果実を選ぶことだと私は考えています。
 また、ジャコウネコの腸内を通過することで様々な化学的・物理的な作用が働くと思いますが、「腸内発酵による」とは私は思っていません。”


 こうして、シベットの糞を飽きるほど見たシベット(ジャコウネコ)の研究者の見方からすると、「コピ・ルアクは、ジャコウネコの腸内の発酵によって、コーヒーに独特の香味が加わる」という宣伝文句は、大いに疑問がわいてきます。

 それでも、そのコーヒーの味が大好きなら、コピ・ルアクのつくられ方やジャコウネコの生態にも関心を寄せて貰いたいものです。