左巻健男&理科の探検’s blog

左巻健男(さまきたけお)&理科の探検(RikaTan)誌

理科教育やニセ科学批判をするようになった経緯(左巻健男)

ツイッターのやり取りで、ぼくが理科教育やニセ科学批判をするようになった経緯の一端を出しましたので、ここにまとめておきます。(補足もしてあります。)


 ぼくは工業高校で学力劣等生でした。
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 ぼくに「誇り」がある。左巻健男の原点は工業高校2年生になったばかりの春の決意(まとめ編)
 http://d.hatena.ne.jp/samakita/20110724/1311480638


 何とかなったのは理科(物理と化学)と数学。それで英数国理社の受験科目の国立大学入試を英国社を捨てて理科(物理と化学)と数学の点数で合格しなければなりませんでした。それで浪人の末、本来の志望校に行けなくて千葉大学教育学部理科専攻へ入学したのです。
 ふり返ると、今あるのはそのお陰です。「教育」に関心が向かったからです。


 いつも学力劣等生で人間関係駄目だったときの「自分」を規準にして、「今は比べてプラス」と思っています。他人と比べるのではなく過去の自分と比べるのです。「あのときは…だったけど、今はよくなっているなあ」と。
 すると、だいたいは「プラス」です。


 千葉大学から東京学芸大学大学院に進学しました。当時の東京学芸大学大学院は定数もずっと少なく、所属の物理化学講座は触媒化学の研究室でした。理学部の大学院と同じ感じです。化学の講座では初めての他大学からの入学でした。都の高校化学教員で合格していたが蹴りました。研究室では触媒表面の活性研究をしていたのですが、どうしても理科教育・科学教育がやりたくて化学の基礎の上にたった化学教育に変更しました。自然科学専門講座で初めて修士論文を理科教育で書いた人になりました。東京学芸大学だから変更できました。


 化学研究でやっていく能力不足と自己評価したこと、理科教育をやりたいという滾る思いのためです。自然科学者ではなれたとしてもきっと3,4流程度だろうと思いました。それより理科教育者として社会に発信していく道を選んだのです。


 修士論文は米国理科教育現代運動の所産でその中では成功した高校化学CHEMSの作成過程やそのカリキュラム論を詳しく検討し、当時の社会状況と絡ませたものです。


 ぼくのような学力劣等生経験者こそが教員になるべきだと思い、中学校8年→高等学校18年の教諭生活をしました。現場で生徒と楽しみながら理科授業や実験を行い、それを発信していこうと思っていました。


 ぼくは教員2,3年目に国立大学と国研に「応募しろ」といわれてしたら共に「残念ながら…」という返事でした。当時「理科教室」誌という反権力理科教育雑誌の編集委員をしていたので、「反文部省派なんて採用しないよな」と現場で続けることを決意したものです。後で聞いたらどちらも最後の2人に残っていたということです。


 一番長い職歴は東京大学教育学部附属高校教諭18年です。その間にいくつかの大学で非常勤等もしました。東京大学宮城教育大学千葉大学教育学部、法政大学工学部です。


 大学教授は14年になります。今も正規の教授職です。
 自分の研究領域「理科教育・科学教育」関連で昨年に本を16冊出しています。
 公募に応募して採用され、東大附属から国立京都工芸繊維大学教授になったのですが、3年勤務で、独法化1日前に最後の国家公務員大学教授で辞めて、それまでの公務員生活の退職金を貰って、同志社女子大学現代社会学部へ異動しました。完全公募で数十倍でした。
 京田辺キャンパスで教えていました。京大などでもちょっと非常勤もしました。
 4年間勤めて学科が完成年度になったとき法政に引き抜かれて今に至ります。


 理科教育、環境教育からニセ科学批判にも向かったのは、東大附属高教員のとき「入門ビジュアルエコロジー おいしい水安全な水」日本実業出版社を執筆しましたが紀伊國屋書店に平積みで並んだとき隣に「水からの伝言」がありました。


 ぼくの本も売れ筋だったのですがそちらのほうが何倍も売れていったのを見たのです。「あんな本はバカみたいな内容だから世の中の人は無視されるだろう」と思っていたのに「科学」と思う人が非常にたくさんいて学校教育にも影響を及ぼしていきました。あの種の本が図書館の「科学」コーナーにあるのをしばしば目にします。


 ニセ科学は、騙す方も騙される方も問題です。ぼくは、だから一方では批判をし、他方ではいかに科学リテラシーを育てるか(子どもから大人まで)を考えています。


 科学を知っている人にとってはあんなもの科学じゃないと思うかもしれませんが衣裳は科学らしさを装うのです。だからオカルトより厄介です。たとえば、「水からの伝言」側は科学者から批判されるとポエムといい、一般人に向けては科学といいます。一言でニセ科学側は「波動科学」と言っているようです。