左巻健男&理科の探検’s blog

左巻健男(さまきたけお)&理科の探検(RikaTan)誌

ピルトダウン人骨捏造事件(左巻健男『面白くて眠れなくなる人類進化』PHP)

  サルからヒトへ進化した証拠の人類化石として約100年前に英国で発表され、約40年後に偽造の骨とわかった「ピルトダウン人事件」の真犯人を大英自然史博物館などが特定した。同博物館の学芸員による捏造(ねつぞう)とされてきたが、「発見者」のアマチュア考古学者チャールズ・ドーソンが犯人だったという。

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※以下は左巻健男『面白くて眠れなくなる人類進化』PHPの該当部分です。


 手元にある一九五六年二月初版の『地学教育講座 地球の形と大きさ・内部構造・人間の先祖』(福村書店)を開くと、「大昔の人間」の中の「原人」の項に「ピルトダウン人」とあります。


 “この化石人は、イギリスのサセックス州ピルトダウンというところの洪積世旧期前半の地層から出たもので、エオアントロープス・ドウソニー、俗に曙人とよばれている。遺骸は頭骨・下顎などであるが、頭骨が非常にあつく、まゆの隆起がなく、現代人に近いが、下顎のおとがいがないことは、類人猿に似ている。しかし、最近の研究によれば、標本の下顎骨はサルの骨であって、標本に作為がほどこされていることがわかり疑問であるといわれている。”


 この化石は、一九一一年にチャールズ・ドーソンが「発見」したものでした。しかし、一九五三年には、下顎骨がオランウータンの骨、頭蓋冠の骨片は現生人類のものであり、古く見せるために染めてあったことが明らかにされました。


 なぜ、そのようなことが起こったのか。ピルトダウン人骨についての謎の解明を見ていくことにしましょう。


 一八五六年にネアンデルタール人の化石が発見されて以来、人類と類人猿は共通の祖先から由来しているという進化論にもとづいて、現在の人類と、類人猿との共通の祖先との間を結ぶ「猿人・原人」の存在が予測されていました。当時、猿人と原人は区別されていませんでした。


 しかし、それを証明する化石がなかなか発見されず、進化の過程がわからない期間は“ミッシング・リンク (失われた環)“ とよばれていました。とくにイギリスの古生物学者たちは、イギリス本土でその化石が発見されることを熱望していたのです。


 一九〇八年、ロンドンの南およそ六〇キロメートル、サセックス州ピルトダウンの砂利採石場で作業員が二つの頭蓋骨 (頭蓋冠) 片を発見しました。頭蓋骨片は、弁護士でありアマチュアの考古学者でもあったチャールズ・ドーソンに渡されました。ドーソンは調査を続け、一九一二年にいくつかの骨片を英国博物館の地質学部門の主管であったアーサー・スミス・ウッドワードのところへ持ち込みます。


 この頭蓋骨は、ネアンデルタール人ジャワ原人の頭蓋骨に比べて大きかったことから現代人の直系の祖先とされ、ピルトダウン人と名付けられ、学界に一大センセーションを巻き起こしました。


 しかし時がたち、北京原人などの頭骨の研究が進むにつれて、人類進化史におけるピルトダウン人の位置が疑問視されるようになります。現代人のように脳が大きく発達したのはもっと後世であることがわかり、人類進化史のなかで、ピルトダウン人だけが例外的な存在になっていました。


 再検証が行われた結果、一九五三年、問題の化石は、現生人類の頭がい骨とオランウータンの下顎骨に加工と着色を加えた偽造化石であったことが判明したのでした。


 一体犯人は誰なのか、何のために捏造したのか、まったくわかりませんでした。学界の大御所たちを信じさせる捏造をするには、周到な準備が必要です。それには、地質学、古生物学、解剖学の専門知識も必要でした。


 容疑者は、数多くいました。最初に化石を受け取ったチャールズ・ドーソン、古生物学者のマーチン・ヒントンなど。かのシャーロック・ホームズの生みの親、コナン・ドイルも容疑者の一人にされました。医者で知識があり、土地勘や人間関係をもっていました。さらに動機は、彼がはまっていた心霊主義へ向けられた世間の批判を憎悪してのことだというのです。


 継続的にこの事件を調べていたキングズ・カレッジのブライアン・ガーディナーは、頭がい骨の染色法や当時の人間関係、およびお金の関係(ウッドワードに対する怨恨)から、古生物学者のマーチン・ヒントンを疑いました。


 ピルトダウン人骨の染色部分 (オランウータンの下顎骨を除く)から 、多量の鉄とマンガン、微量のクロムが検出され、これはヒントンが自らの知識に基づいて作製した染色法を示しているというのです。


 こうして、当時大英博物館にいた動物学者マーチン・ヒントンが真犯人であったとする説が『ネイチャー』誌の一九九六年五月二十三日号に掲載されました。


 しかし、本当にマーチン・ヒントンが真犯人であるかどうかもわからない状態です。そのような仮説が提出されたという感じです。ピルトダウン化石の捏造が明らかになった1953年前後に関係者らはことごとく他界しており、真相は今もって藪の中なのです。

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※英国王立協会の論文誌に掲載された同博物館などの研究では、CT(コンピューター断層撮影装置)などで詳細に解析。約8年間にわたり発掘された骨の加工方法が同様で、すべてに関与できたのはドーソン氏だけだったという。by朝日新聞;