日本経済新聞で、
左巻健男『絶対に面白い化学入門 世界史は化学でできている』が目利きが選ぶ3冊に
- 左巻健男&理科の探検’s blog (hatenablog.com)
毎日新聞2021年(令和3年)4月24日(土) 今週の本棚
世界史は化学でできている
左巻健男著(ダイヤモンド社・1870円)
永遠に宇宙巡る原子と人間の欲
高校時代以来、半世紀ぶりに化学の本を読んだ。化学の授業がまるでわからなかったわたしは、「絶対に面白い化学入門」という副題をかなりあやしみながら読み始めた。
ところが、次々と興味深い事実を知り、わかりやすく、ときに詩的でもある文章に出会って、たちまち苦手意識が消え去った。
「生物体をつくる原子は、すべて地球をつくった原子たちだ。その原子たちを辿っていくと、星々の爆発やビッグバンに行き着く。
つまり、私たち人は星の子なのだ」 (「すべての物質は何からできているのか?」)
その星の子が死んで、遺体が焼かれるとどうなるか。
「六〇パーセント程度を占める水は水蒸気になって飛び去る。夕ンパク質や脂肪のほとんどは二酸化炭素と水(水蒸気)になってやはり飛び去る。(中略)土葬では遺体が微生物で分解される。こうして空中や水中にばらまかれた原子たちは、どこかでまた別のモノの構成原子になっていく。たとえば、木の葉の一部、魚の体の一部、ゴキブリの体の一部、他の人間の一部として。それらの新しい場所も原子たちの仮の宿である。原子たちはほとんど永遠に、滅することなく地球のなかでぐるぐる巡回している。私たちの体をつくっている原子たちは、宇宙で生まれ、さまざまな変化をくぐって、いまここにいるのだ」(「同」)
文学や宗教の文章ではなく、化学の記述であることに不思議な感動を覚える。「あらゆるモノは原子からできている」という、物理学者ファインマンの言葉を念頭におくとき、わたしたち一人一人の命はたちまち宇宙の営みに吸収される。著者があえて、「ゴキブリの体の一部」や「他の人間の一部」を示した意図もおのずから見えてくる。
全18章のうち第1章~第3章では、古代ギリシアで芸術・思想・学問などが花開いた時代に、自然科学や化学はどのようにして生まれたのか、天才たちのエピソードとともに語られておもしろい。化学の基本的な考え方がわかる入門篇にもなっている。
第4章以降は、化学の成果がどのように歴史に影響を与えてきたのか、さまざまな物にスポットライトを当てつつ記される。「歴史を変えたビール、ワイン、蒸留酒」 「金・銀への欲望が世界をグローバル化した」 「石油に浮かぶ文明」「夢の物質の暗転」 「化学兵器と核兵器」など、いずれも各論のレベルを超えて、歴史を作った文明と、そこに刻まれた人間の欲望の光と闇が鮮やかに浮かび上がる。
たとえば、ダイナマイトを発明したノーベルは、軍用火薬として世界各国に売り込んで巨万の富を築いた。そして彼の遺言をもとに設立されたノーベル財団によるノーベル賞の授与が始まる。「自分の発明品が戦争に使われるという”負い目”を持っていたのでノーベル平和賞などを遺言したと思っている人が多いことだろう。ところが、彼の考えは、違ったようだ」 (「人類は火の薬を求める」)として、残されている言葉を紹介している。ノーベルは、一瞬のうちにお互いが絶滅するような兵器をつくることができれば、恐怖のあまり戦争を起こそうという考えはなくなる、と考えたようだ。
化学はまるで歴史の内臓のようだ。
『絶対に面白い化学入門 世界史は化学でできている』左巻 健男 ダイヤモンド社
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