左巻健男&理科の探検’s blog

左巻健男(さまきたけお)&理科の探検(RikaTan)誌

“水商売”にだまされない! ー 特別な高額水商品で失うのはお金と健康

『理科の探検 RikaTan 2013 夏号』
http://rikatan.com/wiki.cgi?page=backnumber13natsu%2Ehtml

“水商売”にだまされない!

 左巻 健男     天羽 優子
 SAMAKI Takeo  AMO Yuko

 

●「水商売ウォッチング」サイトは裁判にも
左巻:天羽さんが、お茶の水女子大学富永研究室のサイトで運用されていた「水商売ウォッチング」が刺激的でした。当時、私は、『入門ビジュアルエコロジー おいしい水 安全な水』(日本実業出版社 2000)を書いているときだったので参考になりました。そのサイトの「水商売」は、文字通り、水に付加価値をつけて売る商売(別名 蛇口産業)ですね。水関連の会社などが「科学理論モドキ」「実験の名に値しない実験」(=ニセ科学)で製品を宣伝するのに科学の立場から突っ込みをいれたものですね。現在は、 http://www.cml-office.org/wwatch/aboutwwatch に移転して公開されていますね。
 その後、私は、天羽さんたち有志と「ニセ科学フォーラム」を開催したりして交流をしてきました。
 まず天羽さんが「水商売ウォッチング」サイトを始めた動機をお聞きしたいと思います。
天羽:「水商売ウォッチング」を始めたのは、1999年の2月です。
 始める少し前に大学院の研究室の同窓会に行きました。そうしたら、酒造会社に就職した後輩から「上司からクラスターの小さい水でお酒を造るとおいしいという話があるので、どういうことか調べるように言われたが、何か知らないか」と聞かれたたのです。「クラスターの小さい水」の話は、確かに一時期流行しましたが、専門家の間では、NMRという測定法が誤解されたために生じた単なる間違いとして決着していました。それがなぜ今頃メーカーから出てくるのか?と不思議に思い、帰ってから「水のクラスター」でネット検索してみました。そうしたら、「水のクラスターを小さくする」という触れ込みはもちろん、それ以外にもとてもまともな科学とは思えないような宣伝がたくさん出てきました。間違いが世間に広まってしまっているのはまずいのではないかと思い、ネットで何がどう間違っているかを指摘する解説を公開しようと思ったのが、「水商売ウォッチング」を始めたきっかけです。調べていくうちに「水のクラスター」以外にもおかしな説明がいっぱい登場して、そちらも取り上げることになりました。
 クラスターについては、「水のクラスター 伝搬する誤解」を書いて公開しました。現在は、http://www.cml-office.org/atom11archive/water/water_cluster.html にあります。
左巻:科学ではないのに科学的装いで、つまりニセ科学で宣伝していることに突っ込みを入れたので消費者には参考になったでしょうね。
天羽:水商売ウォッチングを公開してから、「こんな売り込みを受けています」「この説明のどこがおかしいか教えて下さい」といった問い合わせが来るようになりました。メールや掲示板への書き込みが主でしたので、その都度なにがどうおかしいか指摘してきました。
左巻:サイトで取り上げられた会社から商売妨害だと抗議してくる場合もあったでしょうね?
天羽:会社の反応は2通りでした。営業妨害だとクレームをつけられたことは何度かあります。また、消費者の方が「水商売ウォッチング」を見て買った商品をクーリングオフした、と言ってきたこともあります。逆に、会社が商売を始めるにあたってこんな水製品を扱って大丈夫か、といった、事前の相談もありました。
左巻:天羽さんは、磁気水(磁化水、磁気活性水ともいう)装置の販売者とは裁判になりましたね。磁気水は、磁石という理科の実験で使った不思議なもの、それに「水=自然=健康」というイメージ、さらに本当は根拠はないのにニセ科学でさも科学的な根拠があるように思わせることが合わさった水商売の典型ですね。
 かんたんに裁判のいきさつと結果を教えてください。
天羽:相手は吉岡氏という方です。2002年に彼の「マイナスイオン」を擁護する立場で論争をしていました。その後、磁気水を擁護するメールを送ってこられたので何回かやりとりをしました

の、2003/11/25~2003/12/31までを参照)。2005年になって、吉岡氏が「お茶の水女子大学に対する要望書」を作って学長宛に持参しました。要望の内容としては、「水商売ウォッチングをお茶の水大のサイトから排除してほしい」といったものでした。メールのやりとりのあと、ほとんど2年間何もなかったので驚きました。吉岡氏は同時に「水は変わる」という本を自費出版していました。後でわかったことですが、ちょうどこの頃、磁気活水器を販売している会社も含めた3社に対して公正取引委員会の調査が入っていまして、吉岡氏はそのうちの1社の商品を販売していました。要望書や「水は変わる」の出版は公取の調査に対抗するつもりで行ったことのようです。2007年に、吉岡氏は磁気活水器を販売する会社を始めました。このことについて「マルチ方式で4年後に上場を目指しいまは会員と出資者を募集してるそう。」と書き込まれたので、私が、「あっら--いよいよここじゃなくて、悪マニさんトコのネタになるのか……(遠い目)。京都大の学歴を自慢したってやることがマルチじゃなあ……。まあ、あの自費出版批判本をみた限り、ダウンの人々が法律を遵守したまともな宣伝をすることなんざ期待できないわけだが。」と揶揄したんです。悪マニさんというのは、「悪徳商法マニアックス」というサイトで、掲示板でいろんな悪徳商法の被害にあった人が相談を書き込み、常連の人がアドバイスをするといった方法で運営されていました。マルチ商法の被害も随分報告されていました。
 私の書き込みが気に障ったらしく、吉岡氏はお茶の水大に削除を求めてきました。私が断り、お茶の水大は削除要求の書類が不備だとやりとりをしている途中で、吉岡氏がお茶の水大だけを名誉毀損で訴えました。普通、名誉毀損というのは名誉を毀損する発言をした人を訴えるものですが、吉岡氏は、大学の管理責任を問いたいと主張して大学だけを訴えました。そこで、私と、当時研究室でサーバーを管理していた冨永教授が、訴訟参加という手続きで裁判の当事者となって弁論しました。結局、原告の吉岡氏敗訴で決着しました。また、私の方も「水は変わる」で随分侮辱されていたので、吉岡氏を名誉毀損で訴えたところ、私が勝訴しました。
 この訴訟のための証拠を集めていてわかったことは、表面張力の測定の難しさです。磁気活水器の謳う機能の1つに「水の表面張力を変える(だから水そのものを変化させたのだ)」というものがあります。これを測定で確認するため、ホースで磁気活水器を水道の蛇口につないで水を採り、活水器を通さないものと比較すると、わずかですが表面張力が変わりました。ただ、この変化は、数分から数十分の時間で元に戻るんですね。もしやと思って、ホースではなく蛇口に直接磁気活水器をとりつけて取水してみると、磁気水の表面張力は水道水と変わりませんでした。つまり、表面張力がわずかに変わる原因は、活水器と蛇口をつなぐホースからわずかな物質が溶け出して水に混じったことらしいのです。磁気水では水が変わっている、という先入観があれば、変わったという結果をそのまま信じたかもしれません。とにかくホースを引き回しているような配管からとった水の表面張力のわずかな変化というのは、何の効果を観測しているかわからないということなのです。
左巻:本当に磁気水が健康によかったり、鉄管の赤さびを黒さびに変えたりするのなら、浄水場からの水道水の出口で強力な磁石を設置したほうがいいですね。
 水処理メーカーの技術者たちと話をしたら「磁気水を調べてみても赤さびを黒さびに変化させる性質は確認できない。できたら水処理に苦労しない」と笑っていました。

 

クラスター説は今も根強い
左巻:怪しげな水商売が扱う水の説明によく出てくる言葉がクラスターですね。「水は何らかのエネルギーを受けると、水の構造(クラスター)が小さくなって、細胞に浸透しやすくなって、植物の成長を促進したり、味がよくなったりする。クラスターの小さい水は健康にいい」ということです。水の液体構造のモデルの一つが、1ピコ秒のオーダーで水分子の集まり(クラスター)が生まれたり壊れたりするというもの(動的構造)ですが、天羽さんが書かれたように固定的なクラスターは存在しません。
 松下和弘さんという人が、「NMR(核磁気共鳴)という装置でクラスターがはかれる、クラスターの小さい水は健康にいい」と言い出しました。「水の分子(の集まり)が小さくなる」という言い方がされる場合もあります。
 この松下説は科学的には否定されるのですが、松下説は一見わかりやすいのでマスコミを通して広まりました。科学的に否定されているということは一般の人には流れないので松下説は今も水商売での水の説明に大活躍です。揃いも揃ってほとんどの水商売がこの説明にすがっています。説明に、この説が出てきたら、その水についての説明は科学的に怪しいと思って差し支えないですよね。
天羽:はい、その通りです。この説は業界誌に出たので、出た当時であれば、つい信じてしまう人が居たとしても仕方ありません。実際、この話を信じて数億円するNMR分光器まで買ってしまった大手企業もありました。しかし、これだけ時間が経てば、主張のもとになった研究があるのかどうか、水処理装置を開発する技術者なら確認ができるはずです。今、水クラスターが小さいことを謳って水商売の商品宣伝をしているのは、ただの不勉強か消費者を騙そうとしているかですね。

 

●一番影響を受けやすいが、一番信頼性がないのが体験談
左巻:テレビでも口コミで健康情報が流布するときに、体験談が威力を発揮しているように思います。
 実際に自分が体験したことも、錯誤や自分にとって有利なある体験だけ記憶しがちであることにも注意しなければなりませんね。人は、健康についての素朴理論をもっていて、まわりの健康情報を排除したり受け入れたりしています。自分が気に入ったものは受け入れるが、気にいらない情報は欠点を見つけ出したりして、それを排除します。結果として、「自分が正しい」となりやすいのです。こうした「体験」の危うさについて、いつも注意しなければなりませんね。
天羽:宣伝中の体験談は、宣伝する側が創作していたケースもありますので、全く信用できません。また、実際に体験した人が語るものであっても信頼性には欠けます。その人にとっては体験したのは本当のことでも、他の人にも同じように起きるかどうかがわからないからです。高価な活水器を使うようになってから体調が良い、というのが本当だったとしても、活水器をきっかけにして普段の生活習慣にも注意するようになった結果体調が良くなったのかもしれません。
 水の効果を示すのに、試験管の実験、つまり培養した細胞を使った実験が行われることもあります。これは、体験談よりは信頼できますが、そのまま人に当てはめることはできません。例えば、「水道水を培養細胞に与えたら死んだから水道水は危険」という宣伝は可能ですが、味噌汁を培養細胞に与えたって細胞は死にます。水道水も味噌汁も普段の生活で飲んでいますが、危険はありませんよね。このように、細胞が死ぬことと、人が食べた時に安全かどうかは一致していないのです。
 動物実験は、試験管の実験よりは信頼できます。しかし、動物と人間で同じ結果になるとは限りません。毒性があるという結果については、人で確認することは倫理的にできませんので、動物実験の結果に注意を払うべきです。が、効果があるという結果は、人で確認されるまで、判断を保留するべきです。効果がある方の代表例は医薬品ですが、動物実験のみで人に使うことはしていません。
 信頼できるのは、人を集めて行う臨床試験です。最も信頼されるのは、きちんとした複数のダブルブラインド法の臨床試験を系統的に分析した結果です。
左巻:実際に○○を飲んだり食べたりして健康になったという人がいたとしても、それは、○○が健康にいいという証明にならないんですね。健康になったという人は、○○を飲食しなくても健康になったかもしれません。健康になった原因は別にあるかも知れません。
 医学的に根拠のあるようにするには、プラセボ効果プラシーボ効果ともいう。ニセ薬効果)をキャンセルして統計的な判定ができるほどの十分な人数で、対照(コントロール)を設け、期間を十分とった臨床試験が必要ですね。そういう臨床試験で根拠を得た水商品なんてないですね。

 

●公的機関も水商売を検討している
天羽:実際の製品とかけ離れた宣伝を放置しておくと、知らずに買った消費者が被害を受けます。このため、公的機関による取り締まりも行われています。
 たとえば、東京都は『「活水器」の表示に関する科学的視点からの検証について』という文書を2005年に発表しました(http://www.shouhiseikatu.metro.tokyo.jp/torihiki/etc/documents/050215mizu.pd)。検証の対象となったのは、水の構造に対する効果:「水のクラスターが小さくなる」水の性質等に対する効果:「水がおいしくなる。まろやかになる」「水道水に含まれる有害物質を除去する」「カルキ臭を抑える」水を利用する際の効果:「炊飯に使うと、ご飯がおいしく炊ける」「コーヒー、お茶、水割りなどがおいしくなる」「野菜を洗うと、野菜についている農薬をよく落とす」「植物の生成が早まる。切り花が長持ちする」「お風呂に使うと浴槽に垢がつかない。体がよく温まる」「洗濯に使うと少ない洗剤で汚れを落とす」といったものです。クラスターについては、文献資料の出典がはっきりしないとか、NMRの実験結果の解釈を間違っているとされました。水の性質に対する効果と水を利用する際の効果については、一部の利用者のアンケートしか根拠がなかったり、体験談しかなかったり、試した人が関係者しかいなかったり、実験方法が不備であったりしたことが指摘されました。東京都は、十分な根拠なしにこのような宣伝をすると、不当表示となりうるとしています。
 公正取引委員会も、2005年12月に、磁気活水器電解水製造装置を販売している会社に対し、排除命令を出しました(http://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/286894/www.jftc.go.jp/pressrelease/05.december/05122604.html)。このときは、磁気水が風呂場のカビの発生や台所シンクのぬめりを押さえる、電解水が体内の活性酸素を消去する効果を持つ、といった宣伝が排除命令の対象となりました。いずれの場合も、業者は宣伝の合理的な根拠を出すことができませんでした。
 国民生活センターは「磁気活水器」のトリハロメタン等の除去効果について商品テストを行いました。いずれの磁気活水器トリハロメタン・残留塩素の両方について何の効果も無いことが確認されました。
左巻:ニセ科学は、とくに健康をめぐる分野でまん延していますね。とくに水商売では波動水をはじめとして、磁気水、トルマリン水、マイナスイオン水、ナノクラスター・ゲルマニウム水、EMの清涼飲料水など万能性をアピールし、ニセ科学で消費者を釣って高価なものを買わせようとするものがあります。それらは、「万能性(どんな病気にも効く)」「がんやアトピーなどが治ったという体験談」「医師、医学博士や大学教授などのお墨付き」をアピールするものが多いですね。一般的には高価で、有効性の根拠があるものはないですね。
 水の商品の場合は、世界的に安全性の高い水道水や飲料可能な地下水を元にしている場合が多いので、副作用の問題が起きにくいのが救いです。

プロフィール
さまきたけお
法政大学生命科学部環境応用化学科(対談当時)
あもうゆうこ
山形大学理学部