文庫版あとがき
本書は、小学校理科で学ぶようなテーマを、もう少し高いレベルでやさしく面白く展開できないか、という気持ちで執筆しました。
小学生は理科が大好きです。それなのに、小学校の先生方や保護者の方々は理科苦手かもしれません。子どもの理科離れではなく、大人の理科離れ…。その背景には、知的好奇心あふれる子どもたちの質問に自信をもって答えられないということがあるかもしれません。
ぼくは、時々小学校によばれて小学生に理科授業をしています。先日も45分授業を2時間連続で「ドライアイスで遊ぼう!」という授業をしてきました。
1925年、アメリカのニューヨークのドライアイス・コーポレーションという会社が、ドライアイスの大量生産を始めました。日本では、その3年後に、ドライアイスをつくる機械を導入し、つくり始めました。二酸化炭素ガスを冷やして固めたドライアイスの温度は、マイナス79℃という低温です。下手に素手で触っていると凍傷になり、皮膚が壊死を起こし始めます。そうすると、未だ健全なところを守るために患部を切断しないといけなくなるなどを具体的にイメージゆたかに話をします。
「これからドライアイスの実験をするけど、凍傷に注意だよ。」といいながら、各班にドライアイスのブロックを配布して、まず最初にすることはドライアイスの観察。子どもたちは恐る恐るながめています。
「では、一人ひとりに素手で手のひらにドライアイスを押しつけてみよう!」というと、悲鳴があがります。模範を示すと子どもたちがやり始めます。
ドライアイスのブロックにステンレス製のスプーンを置いたり、10円玉を垂直に押し込んだりしたときの動き、音を楽しみます。そうなる理由は熱の移動やドライアイスの昇華によるものだということを、説明したり皆で考えたりします。
砕いたドライアイスをファスナー付きポリ袋に入れて密閉し、机の上を移動させては机の面で温めます。ぱんぱんにふくらんだ袋が音を立てて破裂します。大きな体積変化を実感します。
こんな実験をしながら、低温の世界や状態変化を学んでいきます。
きっと、学ぶということは、それまでに知らなかった新しい世界を知ることなのです。学んだからこそ疑問が生じるのです。それらの疑問にいつもちゃんと答えられなくても、一緒に考えてみるという姿勢だけでもいいのです。よい疑問を持ち続けているだけでも素晴らしいのです。どこかでその疑問の答が見つかることもあります。答が見つからなくても、あるいは疑問を忘れてしまっても、疑問をもつ習慣は絶対に人生に役立つと思うのです。
ぼくのメインの専門は、小学校・中学校・高等学校の理科教育ですが、学校の理科で、「学んでよかった」「目からウロコが落ちることを学べた」「よい疑問を持ち続けることができた」という実感を持つ人はどの程度いるでしょうか。ぼくはそんな理科教育になるといいなと思いながら、研究してきたつもりです。
学校を英語でschoolといいますがもともとはどんな意味だったのでしょうか。実はスコレ(σχολη)というギリシャ語が語源です。ギリシャ語のスコレは、「余暇,余った時間」という意味です。
古代ギリシャでは,貴族階級の者は奴隷に労働させていましたから,彼らにはたっぷりと時間がありました。生活の中で身のまわりや夜空の星などに不思議な現象があると、誰かにそれを伝えようとしました。そうすると、その話をもとに議論が始まります。貴族階級の者にとって楽しい知的な時間が共有できたのです。この余裕の時間こそがスコレだったのです。スコレはやがて,このような会話をする場所、つまり学校のことを表す意味にもなりました。
本書のテーマを小学校理科から選んだとき、本書のような内容も小学校の理科授業で学ぶといいのにという願いを込めたつもりです。
2016年7月 左巻健男
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面白くて眠れなくなる理科 (PHP文庫) 左巻 健男 https://www.amazon.co.jp/.../ref=cm_sw_r_tw_dp... @amazonJPより
*第6刷が送られてきた。
題材を主に小学理科からとったが、それぞれの小話は軽く読めて面白いと思う。
とくに小学生や小学校教員に読んで貰いたいな。