左巻健男&理科の探検’s blog

左巻健男(さまきたけお)&理科の探検(RikaTan)誌

「EM・X GOLD」は効果があると言えるか?という裁判の話(長文):清涼飲料水「EM・X GOLD」を巡るEM研究機構vs中日新聞社の裁判

 左巻健男が津市で行った講演を「『怪しい科学』は身近にたくさん」という見出しで中日新聞が記事にした。

 その記事について(株)EM研究機構及び代表取締役社長比嘉新氏は、2018年12月に、中日新聞社名誉毀損で提訴


 記事中には「水質を浄化する効果などを持つとされる「EM菌(有用微生物群)」も科学的に説明できない「ニセ科学」だとし「信者を増やして、その菌が入った飲料水を高額で買わされるだけ」と注意を促した。」があった。


 「記事によって名誉を毀損されたので165万円と遅延損害金の支払」「新聞への謝罪広告の掲載」を求めました〔平成30年(ワ)第371号 損害賠償等請求事件〕。
 2020年6月、那覇地裁沖縄支部は以下のような判決を下した。
「本件記事は、科学的な効果が検証されていない商品が流通している実情に関して警鐘を鳴らし、一般消費者に財産上の損害が生じないよう注意を促す趣旨の記事」
「①本件飲料水等の効果に科学的裏付けはなく、②原告又は原告の関連業者は、科学的裏付けのない効果を積極的に宣伝等して販売しているものと認められる」などとして、原告の訴えを却下。つまり、EM研究機構らは敗訴した。

EM研究機構らは、「本件飲料水には科学的裏付けがある」「査読論文として公開されている」などとして控訴しました。こうして裁判の場は福岡高裁那覇支部移りました〔令和2年(ネ)第57号 損害賠償等請求控訴事件〕。
 2021年4月22日、判決が言い渡され、EM研究機構敗訴。EM研究機構は上告しなかったので、ここに判決が確定された。中日新聞社完全勝利、つまりEM研究機構完全敗訴!
「少なくとも現時点では科学的に実証されていないものであることが認められ、『(EM研究機構らが)宣伝している本件飲料水の効用は科学的に実証されていないものであること』については真実であると認めることができる」
『本件飲料水が一般的な清涼飲料水よりも高い値段で販売されていること』は真実であると認めることができる

 より詳しく以下に書いたので、その論説を紹介しておこう。( RikaTan【理科の探検】2022年  1月号 p132-137)


清涼飲料水「EM・X GOLD」を巡るEM研究機構vs中日新聞社の裁判

  左巻 健男   SAMAKI Takeo 


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               ~ 裁判の概要 ~

 私の市民向けの講演「ニセ科学の見破り方」が「『怪しい科学』は身近にたくさん」という見出しで中日新聞の記事になった。その記事について(株)EM研究機構及び代表取締役社長比嘉新氏は、2018年12月に、中日新聞社名誉毀損で提訴。
 那覇地裁沖縄支部は、2020年6月に判決。「本件記事は、科学的な効果が検証されていない商品が流通している実情に関して警鐘を鳴らし、一般消費者に財産上の損害が生じないよう注意を促す趣旨の記事」として名誉毀損に当たらないとした。
 EM研究機構らは高裁に控訴。控訴理由は、「本件飲料水(おもに清涼飲料水「EM・X GOLD」)には科学的裏付けがある」「査読論文として公開されている」など。裁判の場は福岡高裁那覇支部に移った。〔令和2年(ネ)第57号 損害賠償等請求控訴事件〕
 このなかで、清涼飲料水「EM・X GOLD」に免役力アップなどの効果があることを示した査読論文の検討もされた。
 2021年4月22日に判決。またもやEM研究機構敗訴だった。
 EM研究機構は最高裁へ上告しなかったので判決が確定した。
 判決は、「少なくとも現時点では科学的に実証されていないものであることが認められ、『(EM研究機構らが)宣伝している本件飲料水の効用は科学的に実証されていないものであること』については真実であると認めることができる」とした。
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●裁判の発端になった私の講演についての記事
 2018年6月16日、私は、三重県津市の会場で三重県保険医協会(三重県の「医科・歯科の保険医の生活と権利を守るとともに、国民医療の充実と向上を図ること」を目的とした団体)から依頼されて講演しました。
 その講演についての記事が、次の日(17日)の中日新聞に掲載されました(次ページ)。
 短いが、講演の内容や様子がよく伝わってくる記事だと思います。
 なお、この記事には記者の思い違いがあります。「その菌が入った飲料水」は、正しくは「菌の発酵生成物から抽出した成分が入った飲料水」です。生きた菌は含まれていません。
 ただし、生きた菌が入ったもの(農業用の微生物土壌改良材EM1号などの活性液など)を飲んでいるEM信者もいます。私は、どんな菌が入り込んでいるかわからないので、衛生上、飲むことに反対です。
p133

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 「怪しい科学」は身近にたくさん
   津で左巻教授講演
 左巻健男・法政大教授(69)の講演会「身近にあふれる怪しい科学、ニセ科学の見破り方」が17日、津市の津都ホテルであり、約百人が日常に溶け込んだ“ニセ科学”を学んだ。
 県保険医協会が45回目の定期総会を記念し閧催した。左巻教授は、事業者の責任で食品の体への効果を表示できる機能性表示食品制度を挙げ「科学的に効果がちゃんと検証されていない商品が出回っている」と指摘。サプリメントの多くも効果は実証されていないとし、「実は体にとって毒かもしれない。普通の食事で栄養を取ったほうが良い」と話した。
 水質を浄化する効果などを持つとされる「EM菌(有用微生物群)」も科学的に説明できない「ニセ科学」だとし「信者を増やして、その菌が入った飲料水を高額で買わされるだけ」と注意を促した。
 津市の山口かつ子さん(72)は「サプリメントを飲んでいるからセンセイの話にはドキッとした。バランスの取れた食事で栄養を取るように変えていきたい」と話した。(渡辺雄紀)
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●EM・X GOLDは機能性表示食品でもない
 2015年4月から新たに規定された機能性表示食品制度があります。これまで、何らかの効果をうたえたのは、国の審査が必要な「特定保健用食品(トクホ)」と国の規格基準に適合した「栄養機能食品」だけでした。
 機能性表示食品は、国の定めるルールに基づき、事業者が食品の安全性と機能性に関する科学的根拠などの必要な事項を、販売前に消費者庁長官に届け出ることで、機能性を表示することができます。国が安全性や効果を保証したものではないため、消費者の誤認や健康被害の発生を心配する声があります。
 今のところ、清涼飲料水EM・X GOLDは、特定保健用食品(トクホ)、栄養機能食品、機能性表示食品のどれでもありません。そのため、医薬品と食品を厳しく区分し、食品で医薬品のような効能をうたうことを厳しく規制している薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)や商品やサービスの品質、内容、価格などを偽って表示を行うことを厳しく規制している景表法(不当景品類及び不当表示防止法 )などによって、効能をうたうことができません。

●EM・X(=萬寿のしずく)とEM・X GOLD
 もともとEM菌の清涼飲料水は(有)熱帯資源植物研究所(現在は株式会社)が1994年から製造を開始したものでした。沖縄で伝統的に食べられている活力果実・青パパイヤと、玄米、コンブ、モズクと米ぬかをEMで発酵処理してから、EMは加熱殺菌し、EMが産生する物質を抽出・精製した液体です。
 比嘉照夫氏は、EM・Xについて、万能性を主張していました。
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・抗酸化力が極めて強い
・ガンはもとよりエイズなど多くの難病・ガンはもとよりエイズなど多くの難病の劇的な治癒例が多数出てきている
チェルノブイリ原発事故のとき、白血病、・チェルノブイリ原発事故のとき、白血病甲状腺異常に著効が認められた
・工業用でも、自動車に使うと走行距離・工業用でも、自動車に使うと走行距離が大幅に延び、車がさびつかなくなり、が大幅に延び、車がさびつかなくなり、静電気が著しく少なくなり、汚れずピカピカピカになり、オイルの交換も不要で、排気ガスも極端にクリーンになる、電化製気ガスも極端にクリーンになる、電化製品に使うと、大幅な節電効果が期待でき、電磁波対策にも顕著な効果確認
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p134

 など、あらゆる分野での応用が期待されているとしていました。
 ところが2008年3月、熱帯資源植物研究所とのEM・Xの商標契約切れに伴い、このEM・Xは、EM・Xという名前では販売できなくなりました。現在は、同じ原料と製法で「萬寿のしずく」として販売されています。
 EM研究機構は、EM・Xの商標を使って、EM・X GOLDの製造を開始。原料は、EM・Xと大きく異なり、糖蜜酵母エキス、サンゴカルシウム、粗製海水塩化マグネシウムになりました。
 比嘉氏は、EM・X GOLDは、オーリングテスト(Oリングテスト)や波動測定の結果からこれまでのEM・Xの5倍以上、加熱(80℃以上)すると10倍くらいの効果になると述べています(新・夢に生きる 第8回)。オーリングテスト(38ページ参照)や波動測定(40ページ参照)というニセ科学でしかEM・Xよりよいことをうたえていません。

●地裁でEM研究機構敗訴の判決
 2018年12月にEM研究機構は中日新聞社を提訴。原告の(株)EM研究機構及び代表取締役比嘉新氏は「記事によって名誉を毀損されたので165万円と遅延損害金の支払」「新聞への謝罪広告の掲載」を求めたのです。〔平成30年(ワ)第371号 損害賠償等請求事件〕
 なお、その訴状では、「左巻教授は、長年にわたりEMやEM関係者に対し誹謗中傷を続けている人物」と私への言及もされています。
 那覇地裁沖縄支部は、2020年6月に判決。
 「本件記事は、科学的な効果が検証されていない商品が流通している実情に関して警鐘を鳴らし、一般消費者に財産上の損害が生じないよう注意を促す趣旨の記事」「①本件飲料水等の効果に科学的裏付けはなく、②原告又は原告の関連業者は、科学的裏付けのない効果を積極的に宣伝等して販売しているものと認められる」
などとしてEM研究機構らは敗訴したのです

●EM研究機構らは控訴し、証拠に査読論文などを出したがEM研究機構敗訴の判決
 EM研究機構らは、「本件飲料水には科学的裏付けがある」「査読論文として公開されている」などとして控訴しました。裁判の場は福岡高裁那覇支部に移りました。〔令和2年(ネ)第57号 損害賠償等請求控訴事件〕
 2021年4月22日判決言渡。EM研究機構敗訴の判決でした。EM研究機構は上告はしなかったので判決が確定しました。
 判決は、「少なくとも現時点では科学的に実証されていないものであることが認められ、『(EM研究機構らが)宣伝している本件飲料水の効用は科学的に実証されていないものであること』については真実であると認めることができる」「『本件飲料水が一般的な清涼飲料水よりも高い値段で販売されていること』は真実であると認めることができる」としました。

●EM側が控訴審に証拠として出してきた論文『診療と新薬』2015;52(10):1032-1038
 タイトルの日本語訳:「有効微生物群培養抽出物(ECEM)を含む健康飲料『EM・X GOLD』による免疫機能の改善」です。
注1)次のURLから論文PDFをダウンロードできる。→
https://www.shinryo-to-shinyaku.com/db/pdf/sin_0052_10_1032.pdf
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目的:有効微生物群培養エキス(ECEM)を含む健康飲料、EM・X GOLDの摂取がヒト免疫機能に与える効果を調べること。
方法:試験参加者38名を2群(試験物質摂取群とプラセボ〔偽薬〕摂取群)に分け、12週間摂取後に免疫力や抗酸化力などを評価した。
SIV(免役力スコア):7つの免疫パラメータを点数化して格付け。合わせてTリンパ球算出。
②SEIV(免役力アンケート)
③抗酸化力
結果:①で有効性確認:Tリンパ球年齢とCD8+ CD28+ T細胞数で有意な改善。プラセボ摂取群では有意に悪化、試験物プラセボ摂取群では有意に悪化、試験物質摂取群では維持。②③は差なし質摂取群では維持。②③は差なし
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●論文で抗酸化力や免役力の自己評価で差なし
 私は、まず比嘉照夫氏が「EM・X GOLDはそれまでのEM・Xと比べて効能が5倍以上」と述べているのに、「抗酸化力に差が出ない(前述の論文③)」「免役力の自己評価であるSEIVでも差が出ない(同じく②)」という結果に注目します。

●論文の結果を都合よく解釈
 SIV(免疫力スコア)はMedlineで検索した限りでは、海外の論文で使ったものは見当たりません。科学的根拠が不明なために、多くの研究者が使用していないからでしょう。
 またこの試験結果を見ると、わずかな変化があるのは、NK細胞を除いて、すべてプラセボ群で、試験物質群に変化はありません(論文の表4)。それを試験物質が抑えたという都合のよい解釈をしているが、2群の振り分けの問題、プラセボが本当に無効無害だったのか、単なる偶然の結果ではないかなどの可能性があってもまったく議論していません。
 SIEV(自己評価)と抗酸化力には2群の差がないことを「より長期間の摂取が必要、より詳細な試験が必要」と述べています。これは試験全体の信頼性が弱いことを認めていることを表していると考えられます。

●論文は利益相反関係で、信頼度が低い
 論文はEM関係者が執筆者にいる利益相反(当事者の一方の利益が、他方の不利益になる行為のこと)関係にあります。客観的なものではないと捉えられます。
 筆頭著者の所属JACTA(日本臨床試験協会)は、商品を売るために効果的なパッケージや広告を提案し、そのエビデンスを揃えることを目的に臨床試験の計画を立て、結果を出す臨床試験機関。食品業界などから仕事を引き受け、臨床試験を行い、論文にまとめたりすることを仕事にしている機関です。査読論文として雑誌掲載もします。多くの論文を『診療と新薬』に掲載。つまり、この論文は、EM研究機構からの仕事依頼の結果のようです。

●確定判決の内容のポイント
 論文について、判決の内容を見てみましょう。
 次は、判決が、この論文でEM・X GOLDの効用が科学的に実証されていない、とする理由です。
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・試験の結果、有意に改善は7つのうちの1つCD8+ CD28+ T細胞数とこれを規準に算出されるTリンパ球年齢であり、SIVの総合評価自体の点数やSEIVによる評価の比較では有意差は確認されていない。
そもそもSIVが免疫機能の評価方法として適切なものといえるかは議論があり得る。SIVを前提にしてもCD8+ CD28+ T細胞数は、他の6つと同じ重みづけで考慮すべきなので免疫機能が高まっていることを根拠づけることはできない。
・試験の治験者が38名に留まることに加え、CD8+ CD28+ T細胞数の平均値が試験開始時に2群に相当な差が生じていることなどからすれば、試験結果の適正さを左右する治験者のランダム化が十分であったのかについても疑問が残る
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p135

●論文が掲載された学術雑誌のインパクトファクターや論文の被引用件数
 判決は、次のように述べて、結論として、「少なくとも現時点では科学的に実証されていないものであることが認められ」としました。
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・論文掲載雑誌はインパクトファクターないしオルタナティブインパクトファクターが算出されていないか、高いとはいえない雑誌である。
・共同執筆者以外の第三者による実質的な引用はされていない。
・第三者の査読を受けている点を考慮しても、他の研究者による検討や批判によって十分に検証されているとは言い難く、その実験結果の正確性や論文の内容の信頼性が十分に担保されているものと評価することもできない。
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●裁判によってEM研究機構のレベルが低いこととEM・X GOLDの効果に根拠がないことが判明
 裁判所は科学の内容を判断する場ではありません。
 今回は、EM側が「ちゃんと効果を示した査読論文がある」と出してきたことで、論文内容まで検討されました。それだけEM側は、この論文に自信があったのでしょう。
 JACTAに依頼してつくった論文のレベルが、自分たちでは判断できなかったことで、EM研究機構のレベルも鮮明になってしまいました。
 そして、「抗酸化力が高い」とうたっていたことが、この試験で否定されてしまっていました。
 しかし、この結果があっても比嘉照夫氏はそれを言い続けています。

●「失うのはお金だけではない」"怪しい水商品"の3つの特徴
 私は、千葉真一氏がワクチンを拒否したまま新型コロナウイルスに感染し亡くなったことを導入にした記事を執筆プレジデントオンライン「 『失うのはお金だけではない』千葉真一さんもハマっていた"怪しい水商品"の3つの特徴 命にもかかわる"ニセ科学"の怖さ」
注2)https://president.jp/articles/-/49763
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 水ビジネス商品には、アルカリイオン 水ビジネス商品には、アルカリイオン水、π(パイ)ウォーター、磁化水、電気石による水(創生水)、波動水、酸素水、水素水、シリカ水、宝石水、電子水、微生物の発酵生成物から成分を抽出した水などがあります。
 次のような特徴があると考えています。
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・「水を飲む選択肢」以外に、十分な根拠のある効果効能をもったものがない
・中身のほとんど大部分は水道水や地下水なので、ほかの健康食品・サプリと比べるとずっと副作用が少ない (だから問題になりにくい)
・原価は非常に低いが販売価格を高額にしやすいしやすい
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 清涼飲料水EM・X GOLDも、この3つの特徴がよくあてはまるのではないでしょうか。
 私は、この記事を、次のようにまとめました。
「一番怖いのは、千葉真一さんのようにあるニセ科学にハマる人は、ほかのニセ科学にもハマりやすいということがいえることです。本当にきちんと多方面から考えなくてはいけない大きな病気になったときに、選択を間違えやすくなります。」

プロフィール さまき たけお
東京大学非常勤講師・元法政大学教授・『RikaTan(理科の探検)』誌 編集長・科学啓蒙文筆家。専門の理科教育&科学コミュニケーションの立場から科学啓蒙の一環としてニセ科学に警鐘を鳴らしている。
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