左巻健男&理科の探検’s blog

左巻健男(さまきたけお)&理科の探検(RikaTan)誌

教育界とニセ科学(ニセ科学フォーラム2009)の左巻健男レジメ

 左巻 健男(さまき たけお)
 法政大学生命科学部環境応用化学科


●教育界にまでニセ科学が侵入
(1)「波動」の商売を広げるためための本を教員が信じ込む
 容器に入った水に向けて「ありがとう」と「ばかやろう」の「言葉」を書いた紙
を貼り付けておいてから、それらの水を凍らすと、「ありがとう」を見せた水は、
対称形の美しい六角形の結晶に成長し、「ばかやろう」を見せた水は、崩れたきた
ない結晶になるか結晶にならなかったという、水が言葉を理解する、という江本勝
水からの伝言』や『水は答えを知っている』などという本があります。これらは
何十万部も売れました。
 これらの本は、もともとは江本氏らのさまざまな「波動」商売の一環として出版
されました。江本氏らの「波動」商売とは、「波動測定器」で診療まがいなことを
する波動カウンセリング、よい波動を転写したという高額な波動水(波動共鳴水)
の販売などです。
 それが、教育の世界にも浸透していったのです。学校の教員のなかには、「水は、
よい言葉、悪い言葉を理解する。人の体の6,7割は水だ。人によい言葉、悪い
言葉をかけると人の体は影響を受ける」という考えは授業に使えると思った人たち
がいます。子どもたちの道徳などで、『水からの伝言』の写真を見せながら、「だ
から「悪い言葉」を使うのは止めましょう」という授業が広まりました。
 広めたのは主にTOSS(教育技術法則化運動)という教育団体です。TOSSは、授業
が誰でもできるようにと教員が子どもたちにどんな問題を出し、そんなものを見せ、
どんな説明をしたらいいかを授業案のかたちでホームページにたくさん載せていま
す。その中の一つが『水からの伝言』を使った授業でした。
 科学者側などからの批判が高まるとホームページからその授業案を削除しました。
しかし、削除の理由などは出していないので、その授業は、教育界に広がったまま
です。いまもどこかの学校でニセ科学をもとにした道徳授業が行われています。
(2)教員の超多忙化と知的レベルの低下
 現在の学校現場は、余裕が無くなり、いつも教員が走り回っている状態のような
雰囲気です。書類づくりに追われ、子どもの評価に追われています。昔よりクラス
の子ども数は減ったとはいえ、子どももその背後にいる保護者もつきあいかたが難
しくなっています。そして、学校で教員同士がお互いに学びあう雰囲気も薄くなっ
ています。
 一番手がかかる授業の準備をTOSSが用意している授業案ですませてしまおうと
いうのもわからないでもありません。TOSSの授業案の中にはもしかしたらすぐれた
ものも多いかも知れません。しかし、少しでも知性があれば明らかなニセ科学
見抜けるものをTOSSの本部が審査したはずなのに見抜けずにホームページに掲載
したり、それを教員が授業に使ってしまうということにはTOSSとそのまわりの教員
には大いなる反省が必要と思います。
 ぼくが中学校教員としてスタートした1970年代に、「こっくりさん」や「スプー
ン曲げなど超能力」が流行っていましたが、それを霊のしわざとか本当に超能力が
あると信じ込んで授業にかけた教員は記憶にありません。
(3)健康分野、とくに水のビジネスでまん延するニセ科学
 ニセ科学は、とくに健康をめぐる分野でまん延しています。水に限っても波動水
をはじめとして、トルマリン水、マイナスイオン水、ナノクラスター・ゲルマニウ
ム水など「あらゆる病気に効く」とアピールし、ニセ科学で消費者を釣って高価な
ものを買わせようとするものがあります。
 アトピーが治る、ガンにならない、ガンが治る、など病気の不安心理につけ込み、
ニセ科学の衣で科学っぽい雰囲気を出し、体験談で治った事実があるかのようにし
て、怪しい健康情報がテレビや新聞・雑誌などのメディアを通して迫ってきています。
ニセ科学にだまされる背景
(1)科学は大切、しかし興味関心無し
 わが国の大人の傾向として、科学はわからないけど科学は大切だと思っていると
いうことがあります。そこで一見科学っぽいものに惹かれる傾向があります。科学
と無関係でも、論理などは無茶苦茶でも、科学っぽい雰囲気をつくれれば、ニセ
科学をほいほいと信じてくれる人たちがいます。ニセ科学がはびこっているのは、
科学への信頼感を利用しているのです。
 わかりやすい「物語」に弱い、という面もあります。だます方は「量子力学
とか「波動」とか科学的めいた言葉をいっぱい散りばめながら、わかりやすい
「物語」を示すので、科学のセンスがないとスーッと入っていってしまうことが
あります。
(2)体験の危うさ
 ニセ科学やオカルトが、科学技術の成果であるテレビによって疑似体験化され、
「実際にある」と思わせられたりしています。「テレビで見た、写真で見た」こと
が、多くの人に“事実”化している面があります。
 また、実際に自分が体験したことも、錯誤、ある体験だけ記憶、確証傾向(合致
している箇所だけに注目し「当たった」と考える)などにも注意しなければなりま
せん。
 こうした「体験」の危うさについて、いつも注意しなければなりません。とくに
科学リテラシーが弱い人たちにとっては、結晶の写真が彼らにとって“科学的な
事実”化してしまう面があります。
(3)万能性への疑い
 立ち止まって、「そんな一つ二つのもので魔法のように健康になれるものがある
のか」と考えてみましょう。常識は、いつも「毎日のバランスのとれた食生活、
適度な運動、適度にストレスを発散できる趣味などの活動」の重要性を教えてくれ
るはずです。
 ニセ科学は信じるものではなく批判性を持ってシャレで楽しむものなら問題は
ないが信じ込めばお金を失い、心がとらわれて、ときに人生が左右されます。
ニセ科学は誰を狙うか
 ニセ科学を「すごい!すごい!驚きの技術だ、考え方だ」と褒めそやしてニセ
科学の普及に一役も二役もかっている船井幸雄という経営コンサルタントがいます。
世の中で影響を与えるにはそれなりのマーケティング論が活用されています。
 彼の場合、人を4段階に分けてその第一のタイプ「先覚者」(2%くらい)に
注目しています。その男女比は男:女=2:8。女性がメインです。
 第二のタイプは「素直な人」(20%)。「先覚者」のいうことを素直に耳を
傾ける。 第三のタイプは「普通の人」(70%弱)。
 最後が「抵抗者」(10%弱)。50歳以上の男性に多いといいます。職業的には
学者、マスコミ人です。それで、彼は「抵抗者」は無視といいます。
 第一の「先覚者」の3,4割が動き出すと「素直な人」の半分くらいが同調する、
さらにそれに「普通の人」が追随する、といいます。
 ニセ科学批判派の側からこれを見ると、とくに先覚者や素直な人はニセ科学
引っかかりやすい人たちです。ニセ科学側は知的レベルが低い人たちを動かそうと
狙っています。いまや、その中に教員もかなりいるのが大問題です。子どもでも
だまされにくい『水からの伝言』などに感動し、それを広め、授業でやってしまう
人たちです。その口癖は「科学ではわからないことがある」です。そのくせ、科学
には弱いです。科学ではわからないことがあるのはその通りです。でも、少なくても、
水からの伝言』などについては科学でおかしいとわかることです。科学で
わかっていないことも膨大にありますが、わかってきたことも膨大にあり、真実の
基盤は増え続けています。そういった真実の基盤でものを考えることができること
が必要でしょう。
●愚民をつくる教育、愚民になっている教員
 斎藤貴男カルト資本主義』(文春文庫)の第5章「「万能」微生物EMと世界
救世教」に、「TOSSに参加する小学校教師たちは、有害な微生物をバイキンマン
EMをアンパンマンになぞらえて、「EMXは超能力を持っている」と、子供たち
に教えている。」という記述があります。向山洋一氏推薦の授業です。EMは八百
度でも死なないからセラミック(陶器)に焼き込めて超能力を発揮できるというの
です。なお、ぼくは、「八百度で死なない」というのは比嘉照夫氏の実験のミスか
インチキの部類であると思います。
 斎藤貴男氏は、「EMを超能力だと教える向山のやり方の本質を表現するのに、
多くの言葉は必要ないと思った。わずか一言で事足りる。愚民教育。」と喝破して
います。
 “愚民教育”は、この20年余続いてきた「ゆとり」教育の“隠された”目標でも
あった。そういう教育行政の流れと一体化してTOSSは、教員をも愚民化してきたと
言えないでしょうか。愚民教員は、子どもを効率的に管理し、教祖の思うことを
効率的に注入する教育しかできないのです。この改善の必要性こそ、「水伝」授業
がもたらしたことなのではないでしょうか。