左巻健男&理科の探検’s blog

左巻健男(さまきたけお)&理科の探検(RikaTan)誌

放射能や放射線って何だろう?(左巻健男 Takeo SAMAKI)

 『RikaTan(理科の探検)』誌2010年12月号「放射能放射線」特集の原稿を紹介します。ただし、写真や図は省略しています。


 放射能の発見から110年余、核分裂の発見から70年余がたちました。今や、核エネルギーは、発電、医療、理工学などの広い範囲で利用されています。
 しかし、ひるがえって学校で学んだことを思い出してみると、“放射能”について学んだ憶えがなかったり、「放射能って何だっけ?よくわからない」人が多いのではないでしょうか。
 本稿では、放射能放射線について、誰しも知って欲しい基礎知識を解説してみたいと思います。


放射能の名付け親はキュリー夫人


 19世紀末から20世紀はじめにかけて、これまでの自然科学の常識(原子は、もうそれ以上こまかく分けることのできない、物質のいちばん小さな単位だなど)がひっくり返るような物理学上の新発見が次々と起こり、「物理学の革命」といわれたりしました。
 まずドイツのレントゲンがエックス(X)線を発見した(1895年)ことがきっかけになり、フランスのベクレルの放射能の発見(1896年)やキュリー夫人らのトリウムの放射能発見、ポロニウムラジウム放射能の発見が続きました(いずれも1898年)。
 さらにイギリスのJ.J.トムソンの電子の発見(1897年)、プランク量子論(1900年)、アインシュタイン相対性理論(1905年)が登場しました。
 ベクレルは、暗闇においたり、黒い紙で包んだ写真乾板の上にウランをふくんだ化合物をのせておくと、写真乾板は感光していることを見つけました。これは、ウラン化合物から黒い紙を透過してしまう、X線のような目に見えない放射線が出ていると考えられます。ベクレルは、ウラン化合物のもつ、このような性質は、ウラン元素(原子)が入っていさえすれば、その化合物がどんなものであれもっている、いいかえれば、原子そのものがもっていることを明らかにしました。
 キュリー夫人は、ウランなど放射性物質がもつ、放射線を出す性質、能力を放射能と名づけました。
 彼女は、博士論文のテーマにウラン化合物やトリウム化合物を選び、トリウムも放射能をもつことを示しました。また、ピッチブレンドという鉱物が強い放射能をもつことから、そこにはウランよりも放射能が強い元素(原子)が含まれているはずだとして、ポロニウムを発見し、さらに夫ピエールと協力してラジウムを発見しました。
 とくにラジウムは、ウランの300万倍のエネルギーを無尽蔵に思えるほどいつまでも放出し続けました。その理由は、核エネルギーの解明によって明らかにされました。


放射能放射線


 放射能をもつ原子には、ウランのほかにラジウムなどがあります。放射能をもつ原子の原子核は、放射線を出しながら、しぜんにほかの原子核に変わっていきます。
 放射能とは、放射線を出す性質や能力です。
 代表的な放射線には、アルファ(α)線、ベータ(β)線、ガンマ(γ)線の3種類があります。
 アルファ線…ヘリウム原子核(2個の陽子と2個の中性子とがかたく結合した粒子)の流れ
 ベータ線原子核の中からとび出した電子の流れ
 ガンマ線…エックス線に似たエネルギーの高い電磁波
 ほかにも放射線にはX線中性子線や陽子線などがあります。これらは、写真のフイルムを感光させたり、けい光物質を光らせたり、物質を透過したりします。
 放射線とは、広くは空間を飛びかう電磁波(可視光線や紫外線、赤外線などは除く)や素粒子(電子、中性子、陽子)またはその複合体(陽子と中性子からなる原子核)の流れです。


●放射性核種(放射性元素


 周期表の一マスに入っている元素は、原子核の中の陽子と原子核のまわりの電子の数が決まっています。元素に番号が付いていますが、それを原子番号といい、陽子数=電子数になります。
 周期表の一マスに入っている元素、つまり原子番号が同じでも、実は何種類かの原子核が違うものがふくまれている場合があります。原子番号が同じで、原子核が違うものたちは、原子核中性子の数が違うのです。それが同位体あるいは同位元素(アイソトープ)です。たとえば、天然に存在するウラン(U)には、陽子の数が同じなのに、中性子の数が違う同位体が3種類あります。陽子数はどれも92ですが、中性子数は142のもの、143のもの、146のものがあります。これらは、「核種」
が違うといいます。これらを区別するために、陽子数と中性子数を足した質量数を234U、235U、238Uのように元素記号の左肩につけて記号化し、それぞれウラン234、ウラン235ウラン238といいます。
 ウランのこれら3つの同位体とも、放射線を出しながら、自然にほかの原子核に変わっていく放射性核種です。このように、放射性核種の原子核アルファ線ベータ線を出して別の核種になることを放射性壊変(あるいは放射性崩壊)といいます。
 ここでいう放射性核種のことを放射性元素とよく呼んでいますが、同位体をもった同じ元素でも放射能をもつものともたないものがありますので、放射性核種と呼んだほうがはっきりします。
 ただし、同じ元素の放射能核種は、原子核が壊れて元の原子核の数が半分になる時間(半減期)は核種ごとに違います。


放射線のエネルギー


 放射線のもつエネルギーは、電子ボルト(eV:エレクトンボルトとよぶ)で表すことが多いです。
 1 eVは、電子1個を電位差1 Vで加速したときのエネルギーで、1.6×10^−19 Jです。電子ボルトは、「原子や分子1個あたりや電子1個あたりのエネルギーを表すのに、こんなエネルギーの単位もあるよ」
程度でかまいません。
 化学反応のときにやりとりされるエネルギーは、原子や分子1個あたりにすると数eV程度なのですが、放射線がもつエネルギーはそれと比べて桁が大きく違います。
 図2のラジウム226からラドン222へ壊れていくとき、ラジウム226原子核1個から放出されるアルファ線は、10^6〜10^7 eV程度のエネルギーをもっています。


●人工元素をつくる


 ふつうの化学変化では、原子は、他の原子と結びついたりして、その組みあわせは変わりますが、原子核そのものがほかの原子核に変わることはありません。ところが、このような原子でも、原子核中性子アルファ線などをぶつけると、ほかの原子核に変わることがあります。このことを利用して人工的に原子核の変換をおこすことができます。
 たとえば、窒素の原子核アルファ線をぶつけると、酸素の原子核に変わり、ベリリウムアルファ線をぶつけると、炭素の原子核に変わります。
 こうしてつくった人工元素には放射能をもつものがあります。たとえば、コバルト59に中性子をぶつけると、コバルト60になります。コバルト59は、放射能をもたないのですが、コバルト60は放射性核種で、ガンマ線を出し、ガンの治療など医療用などに用いられています。
 天然に存在する元素は原子番号92番のウランまでですが、現在の周期表には原子番号112番まで正式名称が付いています。原子番号93番以降の元素は、原子核にアルファ粒子、陽子、重水素(水素の同位体で質量数2)、中性子などをぶつけて異なった原子核をつくりだしたものなのです。


放射線の電離作用


 もともと原子は、原子核がもっているプラスの電荷(陽子がもっている)と電子がもっているマイナスの電荷はちょうどプラスマイナス0の電気的に中性の状態になっています。放射線で電子が外にはじき飛ばされれば、残った原子は出ていった電子の分プラスの電荷をもち、陽イオンになります。放射線の電離作用は、このように原子をイオン化するはたらきです。
 私たちの体は細胞からできていて、さらに細胞は原子が電子を仲立ちにして結びついたタンパク質などの分子からできています。放射線がタンパク質などに当たると、その仲立ちにしている電子をはじき飛ばしてしまうのですから、分子が壊されたり、変質させられたりの不都合を生じさせるのです。それで、細胞、さらには組織などを壊す急性障害をおこします。
 また、DNAの鎖をちょん切ったりするなど、DNAの構造をおかしくすることでガンができることなどの障害がおこることもあります。だから放射線は生体に対して強力な破壊的作用をもっています。
 放射線を浴びると(被曝[ひばく])、さまざまな障害をもたらすので、できるだけ避けたほうがよいということになります。放射線を人体に大量に浴びるのは危険です。
 アルファ線ベータ線ガンマ線の中では、アルファ線がいちばん電離作用が強いのですが、透過力は弱く、紙一枚でも(空中では数センチメートル)ストップしてしまいます。
 ベータ線は、透過力(空中を数メートル)、電離作用ともに中くらいです。数ミリメートルの厚さのアルミニウム板でストップします。
 ガンマ線は、透過力がもっとも大きく、電離作用はもっとも小さいです。


●「放射能洩れ」や「放射能を浴びる」という場合の「放射能」は何を指しているのか


 もともと放射線を出す性質や能力を放射能と呼んでいましたが、放射線や、放射線を出す能力をもつ物質(放射能核種をふくんだ放射性物質)をも放射能という表現がしばしば見られるようになってきました。
 たとえば新聞の見出しで「放射能洩れ」や「放射能を浴びる」などが原子力発電所などの事故などの報道のときに見られます。もともとの放射能の意味からすると、「放射能漏れ」は、「放射線を出す性質・能力が洩れた」、「放射能を浴びる」は、「放射線を出す性質・能力を浴びる」ということになり、おかしな表現です。しかし、今はもうあちこちで使われる言葉になってしまいました。そこで、そのようないい方を聞いたり見たりしたら、放射能が放射性核種・物質のことなのか、放射線のことなのかをよく確認する必要があります。
 「放射能洩れ」というときは、「放射性物質洩れ」がほとんどで、「放射能を浴びる」というときは、「放射線を浴びる(放射線で被曝)」という意味の場合が多いようです。


放射能の量の単位


 放射能の量は、ベクレル(Bq)という単位で表します。もちろん単位ベクレルは、フランスの物理学者ベクレルにちなんでいます。1ベクレルとは、1秒間に1個の原子が別の種類の原子核をもったものに崩壊するかということを表しています。
したがって、1秒間に100個の原子が崩壊したら、100ベクレルの放射能があることになります。
 旧単位は、キュリー(Ci)でした。1キュリーはラジウム1グラムがもつ放射能と定義されてきました。
 1 Ci=3.7×10^10 Bq=37 GBq


放射線を浴びた量の単位


 体内に取り込んだ放射性核種による被曝を内部被曝、体外にある放射性核種が出す放射線を浴びる被曝を外部被曝といいます。
 放射線を浴びた量は、放射線それ自身の量ではありません。
 最初に考えられたのは、「吸収線量」です。吸収線量は、人体など放射線を浴びるもの(被照射物質)の単位質量あたりに吸収される放射線のエネルギーで、単位はグレイ(Gy)です。1グレイは、放射線を浴びるもの1キログラムあたりに吸収された放射線のエネルギーが1ジュールのときです。
 ところで、ある人体の組織が1グレイの吸収線量だとしても、実はアルファ線を浴びたときとベータ線を浴びたとき、同じ1グレイでも前者のほうが後者よりもはるかに影響が大きいのです。組織によって影響が違うし、放射線によって電離作用などの強さが違うから当然です。
 そこで、同じ吸収線量でも、放射線の種類やそのエネルギーの大きさの違いによって人体への影響の程度が異なることを考慮しなければなりません。人体を放射線から守る(放射線防護)目的のために吸収線量に修正径数をかけて、シーベルト(Sv)単位で人体が吸収した放射線の影響度を数値化しています。1989年4月以前はレムが使用され、1シーベルト = 100レムに相当します。


放射線障害の確定的影響と確率的影響


 放射線防護の立場からは、放射線障害を、〔確定的影響〕と〔確率的影響〕に分けています。
 確定的影響とは、ある限界線量(しきい値)があるものです。しきい値を境に、それ以内なら誰も発症しないような障害です。白血球減少、悪心・嘔吐、皮膚の紅斑、脱毛、無月経不妊などです。障害によって限界線量は違う場合があります。
 対して確率的影響は、そのような限界線量が存在しないと考えられる障害で発ガンや遺伝的障害などです。
 私たちは、自然放射線やレントゲン撮影のエックス線などに被曝しています。確率的影響のほうは、被ばく線量が小さいからといって危険がないわけではありません。自然放射線の源は、一つは宇宙線であり、もう一つは自然の状態で地球上に存在している種々の放射性核種です。被曝量は、その場所の高度、緯度、地質によって大きく異なります。たとえば高度が高いところでは宇宙線をたくさん被曝します。飛行機に乗れば地表よりもレベルが高い放射線を浴びることになります。


核分裂と原子エネルギー


ウラン235原子核中性子をぶつけると、それが2つの新しい原子核に壊れます。これを核分裂原子核分裂)といいます。このとき、中性子が2〜3個とび出し、同時にエネルギーが出ます。ウラン235の1個に核分裂をおこさせると、そのとき飛び出した中性子が、さらに、近くにあるウラン235にぶつかって核分裂をおこします。これで飛び出した中性子がまた近くのウラン235にぶつかって核分裂をおこします。このように、次々に反応がおこることを連鎖反応といいます。その結果、きわめて多量のエネルギーが出ます。このようなエネルギーを、核エネルギー(原子力)と呼んでいます。
 原子爆弾では、核分裂の連鎖反応が無制限におこります。原子力発電などの原子炉では、核分裂の連鎖反応が無制限におこらないように、中性子の数をコントロールして、核分裂のスピードを一─定に保っています。
 核分裂がおこるとき、前後で陽子や中性子の数の合計は変わらないままなのに、分裂前の質量は分裂後の質量に比べると減っています(質量欠損)。これはアインシュタイン特殊相対性理論でいわれる「質量はエネルギーに変わりうる」からです。
 質量1グラムは、9×10^13[ジュール〕に相当します。これは、長崎原爆で放出されたエネルギーに等しいのです。つまり、長崎原爆では1グラムの質量が地球上から消えうせて、9×10^13ジュールのエネルギーとなって人々に襲いかかったのです。


プロフィール さまき たけお
法政大学生命科学部環境応用化学科教授
専門は理科教育。36年前、中学校理科教諭としてスタート。その当時、中学校で、原子番号、質量数、同位体放射性元素放射線、人工元素変換核分裂が教科書にあったことを思い出しました。