左巻健男&理科の探検’s blog

左巻健男(さまきたけお)&理科の探検(RikaTan)誌

塩分と高血圧は関係ない?

 以下は今でも正しいでしょうか?


 スーパーの食品売場に山のようにある減塩食品。減塩しょう油や減塩みそ……。
 塩分摂取量の極端に少ないイヌイットエスキモー)に高血圧がほとんどいない、塩分摂取量が多い秋田県の人々は、少ない沖縄県の人々より高血圧が多い、という調査結果が知られたことから、塩分は高血圧に関係深いというイメージが生まれていました。
 ところが、そういうイメージをくつがえす調査結果が出ました。塩分と血圧の関係を明らかにするため、一九八七年と八八年、世界の三二か国の五二の地域で、本格的な大規模疫学調査が実施されました。調査方法は、食事内容を聞いて食塩摂取量を推定するという今までの方法をやめ、住民の尿を集めて、それを分析することで食塩摂取量をはかるという厳密な方法に変えました。この結果、パプアニューギニアなど生活環境が極端に他とは違う場所のデータを除くと、食塩摂取量と高血圧とは関係ないという結果になったのです。
 高血圧症予防のために、塩分の摂取を一日一〇グラム以下に抑えようというのが厚生省の指導です。
 それが、減塩食品がたくさんある理由なのです。このことと大規模疫学調査結果をどう考えればいいのでしょうか。それは、特に次の二つのことに注目するとよいようです。
 一つは、食塩感受性といって、食塩を摂取したときの血圧の変動が人それぞれに異なることがわかったことです。高血圧患者のなかには食塩を摂取すると血圧が上昇しやすく、また減塩や利尿薬投与をするとすぐに血圧が下がる人たちがいます。その高血圧を「食塩感受性高血圧」と呼んでいます。
 一方、食塩を摂取しても血圧の上昇は軽く、また減塩や利尿薬投与をしても反応しない人たちがいます。これを「食塩非感受性高血圧」と呼んでいます。後者のほうが多いのです。
 もう一つは、食塩以外の栄養素の摂取が血圧に影響することがわかったことです。カリウム、カルシウム、マグネシウムには血圧を下げる作用があります。食塩とともにカリウムやカルシウム、マグネシウムを多く含む食品を摂っていると血圧が下がるのです。また、タンパク質、ビタミンなどが不足していると、食塩を過剰に摂ったとき傷害を受けやすくなります。
 もともと、人間の体内には、塩分を調節する仕組みがあり、余分な塩分は体外に排泄されるようにできています。食塩をたくさん摂る人は、塩分の多い汗や尿を、あまり摂らない人は薄い汗や尿を排泄します。いつもあまり塩分を摂らない人は、いくらたくさんの汗を流しても失う塩分の量は比較的少ないので、補給する塩分の量も少なくてよいことになります。
 遺伝的に食塩感受性が高く、食塩摂取量が増えると血圧が上がるという人以外は、普通には食塩を制限する必要はないと考えられます。

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 上に書いた大規模疫学調査とはインターソルト・スタディとしてとても有名なものです。
 

 いま、手許にあるウード・ポルマー&ズザンネ・ヴァルムート 畔上司訳『健康と食べ物 あっと驚く常識のウソ』草思社2004 原本は2000 より「塩分は血圧を高くする?」を転載します。

 この説は過去何十年間か、専門誌や一般誌、そして栄養関連の本などで繰り返し主張されてきたことである。その結果、栄養についてのアドバイスの中で一番消費者の健康意識に入りこみ、何億人という人たちが――ブツブツ不満を漏らしながら――味気ない料理に耐えてきました。しかし血圧と塩分摂取の関連については、当初から賛否両論があったのです。
 塩に対する攻撃は、ラットの実験に関する1972年の論文とともに始まりました。ラットのえさに塩で味付けした場合、ラットの血圧が上昇したという内容でした。しかしそのラットは塩分に特に敏感な種類であり、しかもラットが摂取した塩分量は、人間に当てはめて計算すると1日500g相当だったのです!ですが、多くの栄養学者はこの研究の結果を歓迎し、「塩に注意!」と消費者にアドバイスするようになったのです。
 塩について、現在にいたるまで大きな影響を及ぼしている二つ目の研究は、インターソルト研究(1988年)と呼ばれる調査です。この調査では医者たちが世界の52の調査対象者グループを比較してみました。結論は驚くべきものでした。もし血圧と塩分摂取のあいだに関連があるとすれば、「塩分摂取が増えると血圧は低下する」というものだったのです! いずれにしても、塩分消費量が最多だった中国の天津地域グループ(平均で1日14g)の血圧は、1日に6gしか摂取しなかったシカゴ(アメリカ)のアメリカ黒人グループより高くなかったのです。
 以上で塩についての議論は決着がついたはずでした。しかし専門家たちは面目丸つぶれでした。困り果てた彼らは統計を持ち出しました。インターソルト研究でまったく触れられていなかった四つの未開民族を調査対象にしたのです。これらの民族はほとんど塩を摂取せず、高血圧の人もいなかったのです。
 これらの「統計上の変則」も考慮に入れれば、確かに塩の摂取と血圧の関連がかすかに見えてきます。しかし、生活様式がまったく異なるこうした民族に関しては、まったく別の因子が重要な役割を果たしているかもしれないのですが、そのことに関心が寄せられることはありませんでした。それどころか、この四つの民族を加えた怪しげな「結論」がその後、西側諸国全体の保健政策の基本になったのです。
 予防医学の研究者たちはもちろん、「塩をあまり摂取しないように」と呼びかけることによって最良の目標を果たそうとしました。つまり、高血圧は心臓、循環器病の危険因子だから、塩分を減らせば多くの命が救われると思ったのです。彼らはこう考えたのです。「塩を少なくするほうが、禁煙して肉体労働をするより簡単だ」
 しかしその後徹底した科学調査が数多く実施された結果、「塩を少なくしても、多くの国民層の血圧は下がらないし、長生きすることもない」ことが明らかになりました。高血圧の人ですらメリットはほとんどありませんでしたし、塩分を大幅に減らしても同様でした。ここで代表的な研究を二つご紹介しましょう(いずれも1997年公表)。
 3年間要したアメリカのある研究(TOPHⅡ)には、血圧が「高めだがノーマルの範囲内」だった何万人という人たちが参加しました。彼らは塩分の少ない食事を摂取しました。6ヵ月後には彼らの血圧は平均して収縮期血圧(高いほうの値)が2.9mmHg、拡張期血圧(低いほうの値)が1.6mmHgだけ下がっていました。しかし3年経過した時点では、こうしたわずかな改善もほとんど見られなくなっていたのです。
 もう一つの研究(DASH)の参加者たちは、食べる物を制限されました。多量のフルーツと野菜、それに低脂肪の乳製品を含む献立だったのです。3週間後にはもう、「わずかに血圧が高い人」の血圧は5.5〜3.0mmHg下がり、かなり高い血圧の人の場合は11.4〜5.5mmHg下がっていました。ところが――聞いてびっくりなのですが――塩分の消費量に変わりはなかったのです!
 「命を奪う塩」という作り話は、以前にも増して疑問視されるようになりました。近ごろは学者たちも、「塩分を少なくするようにとアドバイスすれば、人によっては害になる可能性があるかもしれない」と考えはじめています。老人の場合、塩を控えるのは危険です。精神能力にも有害ですし、喉があまり渇かなくなって極度に液体を飲まなくなってしまうからです。
 最近の二つの研究によりますと、「塩の摂取を制限すれば、一般的に死亡率が高くなり、心臓・循環器病を引き起こすことになる」という結論が出ています。しかも「塩分摂取量が少なくなればなるほど、危険率は高くなる」というのです。また、塩分摂取量を減らすとコレステロール値、それも特に悪玉とされるLDLコレステロール値が上昇することが確認されています。
 ところが現在は、塩分少なめの食べ物、そしてコレステロール値を下げようとする食べ物を摂取している患者のほうが、「医者に忠実な患者」と見なされているのです。
 おそらく問題の中心は、医者と行政ができるだけ単純な一致点を見出したいと思っていることにあるのでしょう。アメリカ国立衛生研究所予防医学部長ビル・ハーランはこう語っています。「塩分摂取量を気にすべきか、気にしなくていいのか、という疑問について、みんながわたくしたちから単純な答えを聞きたがっています。研究が終わるまで待とうという人など一人もいません。研究には5年間も続くからです。人々は即答を求めているのです…。ですからわたくしたちは絶えず、たとえ科学的に立証されないとしても立場を明確にするよう求められているのです」
 だからこそわたくしたちは今まで、「塩分の取りすぎだ」と非難されてきたのです――それが間違いだと分かっていても。